マキアヴェリのフランス論
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概要
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マキアヴェリは当時よく治められている国家の一つとしてフランス王国をあげている。すなわち現代において、秩序が整い、よく治められている国家がいくつかあり、フランス王国もそのうらにはいる」(『君主論』第九章)。マキアヴェリにとって特にフランスは新しいヨーロッパ国家の典型であった。『ローマ史論』にも『君主論』にも、幾個所かでフランス称讃の言をもらしている。フランス王国のなにがマキアヴェリには重要であったのだろうか。マキアヴェリにはフランス王国を正面から論じた作品に二つの小さな論述がある。一つはフランス人気質を問題にしたDe Natura Gallorum(『フランス人気質』)である。彼がフランスへ外交使節に送られ、フランス人に直面して感じた彼の感慨が単純に生のまま書き残されたものである。これがいつ書かれたかについては確定されていない。一五〇三年から一五一一年までの間であることは確実である。もう一つの作品は、Ritratto delle cose di Francia(『フランス問題管見』)で、前作品が主にフランス人気質を問題とした.のに対しよりフランス王国の制度を中心に論じている。前の『フランス人気質』と同じく論文とは言えず、覚え書き程度のものである。けれども後に『君主論』、『ローマ史論』、『戦術論』で彼が検討しているフランスに関する間題はほとんどこれらの論述の中にその芽がみられる。これもいつ書かれたかについては定説はないが、一五一〇年から一五一三年までの間であることでは諸家が一致している、。これらの二つの作品で彼が扱った内容をあとで主作品で実らせていったのである。はっきり言ってこの二つの作品は覚え書き程度で、充分検討がなされず書かれている。そのため問題点が多い。数字にも疑義があるし、内容も不充分なところがある。B・ギュイマンが言うように「批判精神を欠いていて、書物に頼ったり、アンケートを試みたり、都市のお歴々や市井の八っつあん、熊さんから話を聞いたりして資料は集めているが、総じてそのまま資料化してしまっている」のは否めない。欠陥はあるが、フランス人について、フランス王国の制度について、彼がどう考えたか、そしてそれを後にどう主要作品で実らせていくことになったかはよくわかるものである。この論文では一部でこの二作品の梗概を紹介し、二部で、後の主要作品の中でどう展開していったかをみてみたい。
- 1984-03-15