ソシュールと現代言語学の動向
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概要
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周知のごとく、フェルディナン・ド・ソシュールの思想がながらく流布してきたのは、ジュリオ・レプスキーが、その「構造言語学」に関する好著のなかで、ソシュールの「ヴルガータ」と称したところの普及版によってであった。第二次世界大戦のさなかにソシュールの考えとされる恣意性に関する学説について疑義が生じ、エミール・バンヴェニストやイタリア人のマリオ・ルチディのごとく「一般言語学講義」のテキストがほんとうにソシュールの思想とその講義に忠実なのかどうかに疑いを抱く学者があらわれた。アンリー・フレーおよびのちには、ことにゴデルなどのジュネーヴの学者たちは、「講義」の編纂者たちの利用したソシュール手がきの草稿を再検討したのであった。一九五七年にラテン語学者であり、アルメニア語学者であるとともにとりわけソシュールの研究家として卓越したロベール・ゴデルは、そうした手がきの草稿にもとづく重要な著作を発表した。別の機会にわたくしが明かにしようとしたごとくゴデルのソシュール解釈の仕事は、もしソシュールの手稿をより正確に読む作業と平行して、とりわけルイ・イェルムスレウとエウジェニオ・コセリウの努力による言語理論の展開がみられなかったならば、これほどまでに成果をもたらさなかったことだろう。言語活動の現実に関する重要な諸問題を解明したこれらの理論は、しばしばはるかに時代を先き取りして、ソシュールの思想の理解を助けたのであった。そして今日もなおその役割を果している。またゴデルの仕事が世に問われたのちにもそれに続くソシュールの読み直しと再解釈の作業は、-それに重要な貢献をなしたのは、ルドルフ・エングラーとルネ・アマカーであったが、ラファエーレ・シモーネ、フランコ・ロ・ピパーロ、ダニエーレ・ガンバラーラなどのイタリアの少壮学者の貢献もそれに劣らない-現代言語学の理論的展開の把握に徹すれば徹するほど成果をもたらし、効果的に進められたのであった。現代言語学の理論とは、アンドレ・マルチネの機能主義であり、ルイ・プリエートの記号論理学と意味論であり、英米系の分析学、とりわけウィトゲンシュタインの哲学であり、チョムスキーの生み出した文法の生成理論である。今日の言語学におけるソシュールの影響という問題を検討するにあたり、「一般言語学講義」のいくつかの箇所を引用しながら、その解釈の細部に立ち入るよりは、むしろ現在のソシュール問題においてもっとも重要な理論上の問題点を若干指摘し、そこから出発しつつ、各々の問題点についてソシュールが、なにか重要な見解を述べているか、またなにを言おうとしたのかを検討する方が有意義であると考える。そうすることが、とりもなおさずソシュールの厳密な解釈に役立つであろう。のちに討論の余地を十分に残すために、わたくしの考えをここに要約した形で示すことにする。
- イタリア学会の論文
- 1981-03-31