トスカナ方言の有気音について
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概要
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ローマの政治的勢力が強まるに連れて、一地方の方言に過ぎなかったラテン語が、漸次半島全体に拡がって行く過程において、ラテン語はその土地土地の先住民族の言語の影響をこうむったかどうか、そうだとすればでの程度の影響をこうむったかという論争は、ロマン言語学で昔から問題とされた興味あるテーマの一つである。例えばフランス語の著しい特徴、-u-から-u-への変化、ネクサス-ct-の特殊な処理、鼻母音の出現、シンコペーションへの強い傾向、二十進法などがケルト語の影響に帰せられると考えられて来たのもその論争の一環である。すでにディーツ(Diez)は、その「ロマン語文法」で、ケルト語の対応に言及している。ディーツの後では中でもアスコリ(Ascoli)ガストン・パリス(Gaston paris)、グローベル(grboer)、新しい時代では、メネンヂス・ピダル(Menendez pidal)、デーネ・ブロンダル(Dane Brφndal)などが、基層言語のラテン語への滲透性を強調している。一方、シューハルト(Schuchardt)、マイエル=リュプケ(Meyer-Lubke)、ガミルシェーク(Gamillscheg)、フォン・エトマイエル(von Ettmayer)、ワグネル(Wagner)などは懐疑的であり、中には基層言語の理論に反対の意見を持つ人もある。印欧語学者の意見もかなりまちまちである。メイエ(Meillet)、ファン・ヒネケン(van Ginneken)などは、基層言語の理論を支持しているが、トゥールネィセン(Thurneysen)などはこの理論に反対している。今日に至るまで、この問題に一致した解決の与えられないのは、主として比較資料の貧弱であることと、一方的にのみ確証性があるためなのである。基層語にかぶさった言語についてはかなりよく識られているのに対し、締め出されてしまった言語については、いくたの知識もないのが普通である。例えば古代ケルト語についてのごく貧弱な断片的な知識しか我々には持ち合せていないのであるから、今日残っている現代ケルト語の諸方言から古代ケルト人の言語的特質を再建することなどは及びもつかない。更にもう一つ問題の判断をくもらしている事実がある。それはアクイタニー族とかベルギー族の言語のようにケルト語以外の言語に関する知識も全く欠けているため、ケルト語の話されていた地域の周辺の言語とケルト語とを比較する道の断たれていることである。イタリアでは基層語と上層語の関係はどういう状態にあるか。簡単に云えば、ここではケルト語の地域である北イタリアと純粋なイタリっクの地域である南イタリヤとが対峙している。オスコ・ウンブロ語については、特にその基本的特徴などはかなりよく識られている。この再地域にかこまれるように、エトルスク人の居住地であったトスカナ地方が横たわる。エトルスク人の先住した地方にラテン語が入って、それがロマン語方言へと発展した場合に、エトルスク語の痕跡といったものが保存されているかどうかをロマン語の観点から調べること興味はある問題である。この問題は非常に複雑である。何故ならエトルスク人の占めた領土は何世紀かの流れのうちに、著しい変化をこうむり、一時は半島全土に勢力をふるった彼等はパダーノ平野へとアルプスに向って追いやられていったからである。いわゆるエトルリア地方は、大体テヴェレ河とアルノ河の間に横わる今日のトスカナ地方に対応する。この地方のみにエトルスク語に起源を持つと云われている音声現象がみられる。"gorgia toscana"と云われるもので、母音にはさまれた無声子音-c-, -t-, -p-が有気音となる現象である。-c-の有気音化(fiho "fico", poho "poco", miha "mica", lahasa "la casa", ecc.)のみられる地域は-t-の有気音化(ditho "dito", statho "stato"ecc, )のみられる地域よりも広く、一方-p-の有気音化(saphone "sapone", cuphola "cupola"ecc.)のみられる地域は-t-のそれよりもなお小範囲にとどまる。エトルスク語の音韻体系にはθ, ψ, χの三個の無声有気音のあったことが知られているギリシァ語の個有名詞の中から、語源の分析が確実と思かれるものに限り調べてみよう。キリシァ語の有気音の保存がみられるほか、(Thetis<θετιζ, These Θηοευζる。ecc.)母音間、もしくは語頭の無声音の有気音化への傾向がみられ(Cluthumustha<Κλνταμνηατρα(Eu)thucle<Ετεοχληζ, phersipnai<IIεραεψονη ecc.)。
- 1965-01-20