批判的地理学と空間編成の理論 : 学説史的反省と将来への展望
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
本論は大きく2部にわかれる. 前半は, これまで体制としての地理学の中にあって伝統的地理学の非社会科学性を批判することに存在意義を見いだしてきた「批判的地理学」と呼ばれる立場がはらむパラドクシカルな論理の検討であり, 後半は, 筆者が前著『経済地理学』で提示した, 空間の経済・社会への包摂とそれをつうじた空間編成ならびに建造環境生産にかかわる経済・社会空間論の基本的枠組みの要約的な説明にあてられている. 非空間的な伝統的社会科学の導入による「社会科学としての地理学」を唱導して伝統的地理学を批判してきた地理学者は, 一方で地理学そのものを否定してこれを社会科学一般に解消することを導きながら, 他方では, その経済学・社会学修得の不十分さゆえ, 伝統的地理学への寄生的共存から抜け出しがたい, というパラドクスにおちいった. このため, 社会科学に学際的研究がすすんで学問の「仕切り」が開放的になり, また, 社会諸科学が空間論という新たなフロンティアに理論展開の方向を求めるようになったとき, 批判的地理学はこれに十分対応できる力量を持ち合わせていなかった. かくて批判的地理学の流れをくむ人々は, 自己の学問的アイデンティティーを求め, 一転して先祖返りし, 例外主義や機能・等質地域論, 立地論など伝統的地理学・経済地理学とおなじパラダイムを奉ずるようになった. このような逆説的な状況から抜け出すためには, 地理学を経済・社会空間編成の科学と位置付け, 空間が素材的にもつ物質性が社会に包摂されることによって, どのように社会・経済の諸過程ならびに諸関係の態様が変容するかを説明する, 経済・社会空間論の体系を構築しなくてはならない. この理論によりはじめて, 地理学は独自のdisciplineをもって他の社会科学と対等の学際的共同関係を築くことができる. 素材的空間を包摂した経済社会諸過程にかかわる論理体系は, 大要次のようなものである. 原初的空間は, 大きく絶対空間と相対空間の属性に分けられる. 絶対空間は, 空間の無限に広がる連続性であり, 空間のなかにある物質を相互に関係づけて均等化・同質化する性向をもつ. 他方相対空間は, 位置ごとの個別性と位置相互間の距離が生み出す隔離・分断の性向をもつ. 絶対空間を形式的に包摂した社会では, 主体・集団ないし行為の独立性が奪われないよう, 空間の連続性を仕切り, 「領域」が生産されなくてはならない. するとその中だけで同質化過程が作用し, 互いに異質なロカリティーができあがる. だが, 領域生産の他の一面の目的は社会関係をとり結ぶことだから, これらの異質的ロカリティーをもつ領域が集まってつくりだされた「集合的絶対空間」は, その上により広い領域を構成する社会関係の層を作りだす. こうして生産された複数の集合的絶対空間の層相互において, 空間的「連続性」と「分断」との間の関係という矛盾が発生する. 他方, 相対空間を形式的に包摂した社会は, その隔離の属性のために社会関係が破断しないよう, 集積をはかり, また交通網のネットワーク構築により「空間の絶滅」を行って, 領域内部の同質化を実際に達成しなくてはならない. しかし, 1次元の線のネットワークで2次元の面を絶滅するという交通路, ならびに点である集積が合わさってできた建造環境の編成は, その点や線と平面上の各位置との間の距離関係というあらたな空間的差異をつくりだし, 領域の同質化をめざすほどロカリティーの多様化が進む, という矛盾を生み出さざるを得ない. ここから, この2種類の生産された空間的に不均等な建造環境の編成が作り出す新たな素材的空間である「相関空間」をあらためて社会が実質的に包摂する, という課題が生じてくる. この相関空間の編成過程は, 集積とネットワークからなる空間と, さまざまな土地利用編成という集合的絶対空間の両面にわたって行われなくてはならない. これはいずれも, グローバルな空間の層のなかにあって個々のロカリティーが調整され, 新たな物質的空間としてまとめあげられてゆく過程である. ハーヴェイが語った, 「個別性や特定の場所と時間における経験と, 普遍的一般化との関係」という地理学的考察に取りついてきた「悪魔」(Harvey, 1985a, p. 61)は, こうした筋道だった空間的社会過程にかかわる考察によって解消することができる. そして同時にそのなかで, 地理学は, 経済・社会空間の編成論を究める分野として, 社会諸科学の分業のなかで自己の存在理由を主張することができるようになるのである.
- 経済地理学会の論文
- 1994-03-31
著者
関連論文
- 若森章孝・八木紀一郎・清水耕一・長尾伸一編著, 『EU経済統合の地域的次元-クロスボーダー・コーペレーションの最前線』, ミネルヴァ書房「現代経済学叢書」94, 2007年11月刊, 21.2x15.4x2.6cm, viii+354ページ, 本体3,800円
- 書評 若森章孝・八木紀一郎・清水耕一・長尾伸一編著 『EU経済統合の地域的次元--クロスボーダー・コーペレーションの最前線』
- グローバル経済下のアジア,国境と階級関係の再構築 : 経済地理学からのアプローチ(大会報告・共通課題:労働のグローバル化と国家・地域-歴史と現状-)
- 松原 宏編, 『先進国経済の地域構造』, 東京大学出版会, 2003年2月, viii+277頁, 4,800円
- 空間から「帝国」を考える--グローバリズムを解く地理学の新しい視座
- 国際批判地理学集団(ICGG)と、日本からグローバルへの批判地理学発信に向けて
- 「連続性」と「分断」の相克と超克--地理学はいかにして批判の学たりうるか (特集 変容する空間)
- グローバル経済の危機と国際的批判地理学の必要性(1) (特集 変容する空間)
- 香港のスクォッター問題における,階級,民族,および空間 : 植民地を支えた都市産業体系生産への序奏
- 戦後の日本地理学会のオータナティブ地理学 -経済地理学会との関係において-
- ピーター・ディッケン/ピーター・E・ロイド著, 伊藤喜栄監訳, 『立地と空間 : 経済地理学の基礎理論』(上・下), 古今書院, 1997年, 511+xviページ
- 地理の言葉で語り始めた地理学者たち -「人文地理学のネオ古典」レキシコン-
- 地理の言葉で語りはじめた地理学者たち
- 戦後香港の英国人植民地支配と金融 (特集/香港--アヘン戦争から返還まで)
- 英国人植民地支配に内面化した空間の矛盾-香港の観塘開発における戦後工業化と官有地政策-
- グローバル化とロカリティ : 新しい留学生政策における一つの分析軸 : 一橋大学が直面する挑戦
- 批判的地理学と空間編成の理論 : 学説史的反省と将来への展望
- 20世紀の地理学者たち-4-ディビッド・ハ-ヴェイ--地理学に空間の理論と社会の科学を求めて
- 社会地理学とその周辺-12完-社会地理学の方向性
- 香港--新空港と「2047年問題」 (1994年の世界経済を展望する-1-)
- 経済地理学と社会地理学--統合された社会の空間編成論をめざして (社会地理学とその周辺)
- 地理学教室あんない--国公立大学編-12-一橋大学経済学部経済地理学ゼミナ-ル,一橋大学社会学部社会地理学ゼミナ-ル
- 空間の社会への包摂と市場競争
- 自然環境の社会への包摂 : 環境問題への経済地理学的研究序説
- 経済地理学と資本主義的公共政策
- 「国際都市」の過去・現在・未来 (香港 返還まで10年)
- 香港における英系白人支配と「計画された競争」政策--戦後工業化過程における労働力政策を例として
- 中国の農村市場中心地と現代化政策--広東省高鶴県沙坪鎮の事例
- 薛鳳旋 : 香港的小型工業
- ドイツ連邦共和国の地理教育改革
- ドイツ連邦共和国の地理教育改革
- 商業部門に成立する地代について
- 西ドイツの「ラジカル地理学」運動
- 西ドイツの「ラジカル地理学」運動
- 経済地理学の方法論をめぐって--経済地理学会第25回大会から-1-
- 農業生産組織と農業経営 : 福井県丸岡町安田新・下安田を事例として
- 日本文化からみた地理学発達の歴史 (日本の思想と文化)
- 山縣宏之著, 『ハイテク産業都市シアトルの軌跡-航空宇宙産業からソフトウェア産業へ-』, ミネルヴァ書房, 2010年, v+259頁
- 植民地統治下における香港中国人の教育 : 「組織された競争」による、英国人支配の政党化と工業労働者の生産
- 英国人による香港植民地統治と空間の包摂 : 序説
- 自然環境の社会への包摂 : 環境問題への経済地理学的研究序説
- 社会資本論の基本性格
- 経済地理学と資本主義的公共政策
- 地域産業構造と地域的不均等発展 -アメリカ合衆国製造業による計量的実証
- マルクス経済学における経済地域の概念
- 差額地代における競争の論理
- 「虚偽の社会的価値」の源泉について