「生命」における設計
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概要
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わたしがワークステーションを使い始めた頃のことを紹介しよう。はじめて計算機が搬入されたときに驚いたのは、そのマニュアルの厚さだった。まとめて80センチメートルくらいはあっただろうか。どこから読み始めていいのか全く見当もつかない始末だった。困り果ててしまったわたしはメーカーに電話してその使い方を聞いてみた。その時かえってきたのが「マニュアルを読まれましたか? よくマニュアルをお読みになった上で再度ご連絡ください。」というマニュアル的答えだったのだ。これはコンピューターの分野に限定された話しではない。むしろ、多くの人工システムにおいて、それは社会的な制度も含めて、類似の問題が発生している。この根幹には設計原理の問題があり、さらに恐ろしいのは上記の電話の応対からもわかるように、それに携わる人間の傍観者的な態度なのだ。人工システムがわれわれの生きている環境そのものであるという現状を思うとき、いまこそ設計原理が人間との関係において、そして「生命」との関係において捉えなおされなければならないのだ。ここでは、それに向けたわたしの小さな実践を紹介しよう。いまここで「生命」という言葉を使用するのには理由がある。それは「生物」という対象化された生の捉え方を乗り越える必要があると考えるからである。生を対象としてわたしから切り離して捉えるから、上記の例のように、生がマニュアル化されてしまうのである。ここにこそ、「生命」という、わたしとの関係において捉えられた生の様式に注目しなければならない必然性がある。それは、わたしの内側から観た世界の生成的な在り方であり、わたしと他者との出会いを通して生成する関係の現在において、逆にその関係の内側におけるわたしが再帰的に生成される世界の在り方である。つまり、わたしは生きているのではなく、わたしは他者との出会いにおいて生き生かされ、その中でわれわれへと包摂されて行くのである。「生命」における設計とは、このようなわたしと人工システムの間で境界が生成される行為であり、わたしはわれわれに対して、そして、われわれは未来に対して、その責任を担うために境界を創ることになる。だからこそ、設計は新たなる行為を生み出すための「意欲」を与えてくれるのだ。永遠に完結には至らない営みではあるが、それこそが、われわれにおいてわたしが生き生かされるということなのだ。わたしは、このような形式として現れてくる「生命」を規範として、設計するという態度そのものを捉えなおしてみようと思う。本稿では、以下、わたしの実践をふまえた形で説明がなされていく。その意味では、ここに書かれていることは思想ではない。しかし、「生命」という在り方は、わたしとの関係において内側から生成的に世界を捉えることであるから、これは必然的であるようにも思われる。最初に、わたしがこれまで研究に用いてきた粘菌(Physarum)という生物を通して「生命」という在り方の論理形式が考察されることになる。それは、メタファー的モデルとして用いられることによって、わたしの身体を介してわれわれへと「開かれた自己言及」と、その「2中心モデル」として形式化される。そして、それは設計という問題を通して実践的に理解され表現されることになる。そこでは、わたしの身体を介して自己言及モデルとしての人工システムを自己言及的に設計し、その人工システムを介してわれわれにおける自己言及を実現するという設計原理が提案される。最後に、そのような原理に基づいて、わたしの研究グループが構築しつつある歩行介助ロボットを紹介する。そこでは、わたしとロボットにおいて相互適応という形式で境界の生成が体験され、さらに、その体験がわれわれにおいても共有されることを知る。
- 一般社団法人情報処理学会の論文
- 1997-05-26
著者
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