「(さ)せらる」(尊敬)の成立をめぐって
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
「(さ)せらる」(尊敬)の例は,文禄元年(1592)成立の『天草版平家物語』において多用されている。室町期の尊敬の「(さ)せらる」については,先学によりいくつかの用例が指摘されているが,それらは後世の写本段階の用例や,解釈の誤りによるもので,未だキリシタン資料以前の中世文献での「(さ)せらる」(尊敬)の指摘はない。「(さ)せらる」(使役+尊敬)は古記録とその影響のある文献に多くの用例が見られるが,室町期の軍記・説話・物語・抄物等には,「(さ)せらる」(使役+尊敬)はあるが,「(さ)せらる」(尊敬)の例はない。今回,記録年代の長い,仮名交じりの古記録文献で調査を行った。『言国卿記』(1474〜1502)の一部,『お湯殿の上の日記』(1477〜1625)の一部,『北野天満宮目代日記』(1488〜1613)の全体,『家忠日記』(1577〜1594)の全体である。調査から,『言国卿記』の「(さ)せらる」は「御庭ノ者ニウヘナヲサせラル」(文明六〔1474〕年3・8)のように(使役+尊敬)の例である。一方,『北野天満宮目代日記』では「八嶋屋ノ井のモトヱネスミ(鼠)ヲいぬ(犬)かオイ(追)入候,ネスミモいぬ井ヘヲチ候間,ネスミハ井内ニテシヌル,いぬハヤカテ取上候,井の水を早々御かへさせられ候へのよしうけ給候,則御門跡さまへ申」(延徳二〔1490〕年12・25)のような例が多く見える。この例は,御門跡に対して「水を御かへさせられ候へ」と頼んでいる。この時「水をかえる」行為は配下の者達が行うが,その行為全体は御門跡の行為として相手には意識される。このように上位者の行為に収斂されるような「(さ)せらる」の例を経て,尊敬用法が成立する。自動詞についた尊敬の「(さ)せらる」は,『お湯殿の上の日記』「御かくらにならせられまし。」(永禄六〔1563〕年3・29〔写本〕)が早い例である。自筆本では「こよひの月またせらるる」(元亀三年〔1572〕3・23),「こよひの月おかませられ候」(同年4・23)の例等がある。
- 2001-09-29
著者
関連論文
- 宇津保物語の「いね」(因縁の連声表記)の存否をめぐって : 宇津保物語の「いぬ」は「いね(因縁)」の誤写か
- 言語事項「共通語と方言」の授業(TT)をめぐって : 自称の場合の指導
- 「(さ)せらる」(尊敬)の成立をめぐって
- 文章・文体(史的研究)(2008年・2009年における日本語学界の展望)
- 遠藤好英著, 『平安時代の記録語の文体史的研究』, 2006年9月25日発行, おうふう刊, A5判, 408ページ, 16,000円+税
- 玉鬘物語の始発 : 『源氏物語』の「ほをづき」について
- 室町期に於ける「(さ)せらる」(尊敬)の検証
- 古文書(『平安遺文』)における「須(すべからく〜べし)」の用法について
- 言葉を教材とした思考力の養成法
- 記録体(記録文)の漢文 (特集 漢文・漢語の世界)
- 「因縁」追考
- 「被成(なさる)」の系譜
- 古文書・古記録の形式名詞「條(条)」をめぐって
- 「(さ)せらる」(使役+尊敬)の成立
- 「挙(アゲ)テ」と「挙(コゾリ)テ」
- 院政・鎌倉期の「(さ)せらる」(使役+尊敬)について
- 『小右記』の文飾 : 用語・用字・語法からみた個性的文体について
- 平安時代の記録体に於ける「須(すべからく〜べし)」の用法に就いて
- 記録体資料に於ける「候気色」について : 〈二)「御けしきたまはる」との関係
- 平安時代の記録体資料に於ける「令(シム)」について
- 記録体資料に於ける「候気色」について : (一)「候気色」の読みについて
- 平安時代の記録体漢文における「令(シム)」について : 『貞信公記』を中心として
- 謙譲語の一考察
- 『看聞日記』に於ける「生涯」を含む熟語の意味 : 「及生涯」「懸生涯」「失生涯」「生涯谷」等の意味について
- 阿蘇文書に見える九州方言的な中世記録語をめぐって