慣習婚は如何にして想起されるか : ケニア・グシイ社会における埋葬訴訟記録の分析
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概要
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1960年代以降、西ケニアのグシイ社会では、婚資不払のまま同棲を続ける男女が多くなった。他方で、そうした同棲は婚資の支払を法的要件とする慣習婚の理念型から乖離しているとの主張が根強くある。とりわけ、婚資の不払を証拠に同棲相手に配偶者の地位とそれにともなうべき社会経済的保障を与えまいとする利害関心が、そうした主張を拠り所とする。こうした利害関心のために発生する紛争の一形態が本稿で分析する埋葬訴訟である。埋葬訴訟では、死者の生家が死者の同棲相手を排除して遺産を排他的に相続する目的などのために、婚資の不払が慣習婚不在の証拠として引き合いに出される。本稿では、グシイの埋葬訴訟において当事者たちがその存在ないし不在を証明しようとする慣習婚の意味内容が個々の裁判において漸次明確化する過程を明らかにする。取り上げる訴訟3件のうち第1の事例では、婚資の支払を経て成り立つ結合のみを慣習婚と定義する立場を貫く判決が下された。第2の事例では婚資不払の同棲を変化した形態の慣習婚とみなす判決、第3の事例では婚資不払の同棲を慣習婚ではなくコモンロー婚とみなす判決がそれぞれ下された。判決が多様化しているのは、慣習婚をめぐる様々の主張を支える慣習法の性格のためである。ケニア国家法の法源のひとつとされている慣習法は、明確に条文化された内容規定を持たない不文法である。慣習法は、勝訴判決を得るべく主張を展開する当事者たち、当事者の主張に法学的措辞を与える弁護士、当事者に有利な証言を提示する証人、法廷で強い発言力を有する専門家証人、法の意義を確定することを期待される裁判官、こうした多様な行為者の実践の渦中において、その意味内容が構成されているのである。
- 2002-09-30
著者
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