急速拡大法の後戻りに関する実験的研究
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概要
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上顎歯列弓の急速拡大により, 頭蓋の多くの縫合部に偏位が起き, この偏位が歯列拡大の後戻りに関与しているといわれている. これを防ぐためには保定が必要になるが, 保定期間と後戻りとの関係は明らかではない. そこで, 急速拡大後の鼻上顎複合体における各縫合部の形態学的および組織学的変化と保定期間との関係を検討した. 研究方法 実験動物として, 混合歯列期のカニクイザル(Macaca irus: 推定年齢3.5〜4.0歳) 6頭を用いた. 急速拡大装置を装着した6頭を2頭ずつ3群に分け急速拡大を行い, それぞれ1, 3および6か月間保定を行った. 保定期間の終了後, 装置を除去し, 各群のカニクイザルを保定後1か月間と3か月間飼育して観察した. また, ネジの回転操作は, エーテル麻酔下で1日1/2回転, 14日間で合計5.6mmの上顎歯列弓の拡大を行った. なお, 保定装置は急速拡大装置のスクリューを固定してそのまま利用した. 検索方法として, 実験の各段階において, 1)上顎歯列弓の模型計測, 2)正中口蓋縫合を中心に左右に対称的に打ち込んだメタリックインプラントを基準点として, 咬合法X線写真上で距離を計測, 3)著者らが改良した頭部X線規格写真撮影装置を使用して, 正面, 側面頭部X線規格写真を撮影し, トレースの重ね合せ, 4)組織学的観測などの検討を行った. 結果および考察 鼻上顎複合体に対して拡大が及ぼす影響は, 組織学的には縫合部に認められ, さらに縫合部によって異なることが確認できた. 活発な骨改造は正中口蓋縫合および頬骨上顎縫合に認められ, 時期的な変化をとらえると, この両縫合では保定後1か月および3か月での骨変化が著明に認められ, 6か月では骨変化は認めるがその変化量は少なかった. この結果は咬合法X線写真および頭部X線規格写真による観察においても, 上顎骨の保定後の後戻りに伴う骨の移動が認められた. また, 前頭上顎縫合および前頭頬骨縫合においては, 頭部X線規格写真像にあまり変化がみられなかったが, すべての実験群に組織学的変化が観察された. 今回の実験において拡大が鼻上顎複合体に及ぼす影響は縫合部によって異なることが観察されたが, その原因として, 縫合部が急速拡大という衝撃を吸収したことが考えられる. また, 保定終了後の組織学的変化の時間的なずれに関しては, 内部応力, すなわち後戻りが残存しているものと思われるが, 成長などの生理的因子の影響も無視できない. つまり急速拡大法の影響が正中口蓋縫合だけでなく, 鼻上顎複合休の縫合部にも影響を及ぼしていた. また, 蛍光顕微鏡を用いた時刻描記法の試薬の蛍光がすべての実験群において不連続性を示したのは, 拡大力が組織に対して過大であったことが考えられる. これらのことから, 縫合部により後戻りの程度が異なった. 頭蓋は複雑な構造をしており, また, 縫合部の嵌合の緊密さの違いなどがあるため, 長期の保定を行っても後戻りは避けられないことが示唆された. 現在の矯正歯科治療は拡大だけで終了することが考えられず, オーバーコレクションと, エッジワイズ法におけるパラタルバーやリンガルアーチなど, 異なる装置を用いて, 後戻りの防止のための対策が必要であると考えられる.
- 1996-06-25