スピリチュアリズム・神智学と19世紀末〜20世紀初頭のロシア文学
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概要
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19世紀末〜20世紀初頭はロシアにおいて大衆文学が急速に発展した時期であり,そこに見られる「オカルト」への関心,および文学への反映は,リアリズムからシンボリズムへといった当時の主流文学の流れとある程度連動しながらも異なった様相を呈し,当時の文学状況の全体像を把握する上で興味深い。死後の霊の存在を信じ霊との交信を試みるという,1850年代以降西欧で大流行したスピリチュアリズム(心霊主義)は,И. С. Тургеневの神秘小説やВс. С. Соловьев(1849-1903)の連作長編に見られるように,ロシアの文学においては,フランスのシャルコーに代表される当時の精神病理学としばしば結びつき,一種独特な心理分析的な幻想表現を生み出した。その点では,動物磁気への関心を強く反映した19世紀前半の「幻想心理小説」(В. Ф. Олоевский, Н. И. Гречなど)の系譜を継承するものである。動物学者・作家のН. П. Вагнер(1829-1907)の短編《Не вылержал》(1895)は,田舎の知り合いを訪ねた主人公が心ならずも心霊体験をするというもので,心理分析への志向が強いという点で前述の特徴が典型的に見られる。また十月革命前のロシアで最も人気を誇った作家の一人であるА. В. Амфитсатро(1862-1938)の長編《Жар-Цвет》(1895;1910,11改訂)は,オカルト,フォークロア,民間信仰,古代・中世文学,神話などの多彩な情報を盛り込んだスケールの大きいオカルト小説で,同じく「死後の生」というスピリチュアリズムのテーマを扱いながらも,実証主義的な観点から精神病理学の知識などを援用している点に特色がある。一方,芸術・思想により強いインパクトを与えたのが神智学である。ロシア人女性Е. П. Блаватская(1831-91)を創始者とし,古代の忘れられた叡智の再発見と普遍宗教の確立を目指すこのオカルト運動は,ロシアでも20世紀になってシンボリストたちなどに強い影響を及ぼすようになる。しかし,神智学がもたらした秘教的東洋というイメージをより鮮明に提示したのは大衆小説であった。創始者の妹でオカルト小説の作者としても有名なВ. П. Желиховская(1835-96)の短編《Виление вкристалле》(1893)は,東洋の叡智に触れながらもオカルト的知を軽率に扱う西欧人という設定に,神智学が本来持つ西洋近代文明批判の観点が窺える。そして,20世紀初頭のロシアにおける最大のオカルト小説作家В. И. Крыжановская(1857-1924)の長編《Смерть планеты》(1911)は,滅亡の迫った地球を舞台にキリスト教信仰を守りつつ悪と戦うインド人のマギたちの活躍を描いたもので,より大衆的なレベルでの神智学の影響の例となっている。
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