ロシア年代記の文献学的研究の方法について
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概要
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本報告は,15世紀に成立した「ノヴゴロド・カラムジン年代記」の文献学的な研究の過程でぶつかった,年代記研究の方法にかかわる問題点を指摘し,その改善の方法を5項目にまとめて提案するものである。電子データーの利用によって,これまでにはない研究方法が可能になった現在,以下の新しい方法的な試みには意義があると確信する。提案1:年代記を全体として研究すること 一般に年代記は大部なために,論文の中で出典や編集の特定の傾向が検討されるときには選択的になされることが普通である。しかし,多くの場合選択された事例が年代記全体にとって「どの程度典型的であるか」について示されることはない。そのため,電子データーを利用した定量的な記述を行なったり,複層的な発表(提案5参照)によってテキストの全体を示すなど,年代記の全体像を効果的に,分かりやすく示す必要がある。提案2:テキストの編集磁位を細密にかつ構造的に分けること 「切り貼り」の要素の強いロシア年代記の編集プロセスを研究する基本作業として,記事の挿入,語句の改変・追加などによって発生し,何回もの編集によって複雑化している編集上の切れ口を,テキスト学的なあらゆる手段を用いて明らかにすべきである。その上で,切り出された編集単位をグループ化し,それぞれの単位の出典の考証を行うべきである。提案3:年代記編集の作業プロセスを再構成するような研究方法を目指す これまでの研究は,ごく限られた専門家のために書かれており,かなりテーマに通暁していないと年代記の成立をリアルに把握することは難しかった。研究の結論となる年代記の成立を分かりやすく理解できるようにするためにも,仮説のかたちであっても,できるだけ具体的に年代記編集のプロセスを復元するような記述を行うべきである。提案4:個別の編集作業のあらわれを全体的な編集意図との関わりで検討すること 年代記研究は細部の編集のあらわれを指摘する作業が中心となるが,ともすれば,個別の編集が全体を統括する編集意図によってなされていることが忘れられがちである。個別の編集プロセスの検討は全体的な編集意図を参照しながらなされるべきであり,同時に,個別の検討を集約することによって編集意図を再検討していくべきである。提案5:研究結果や出典テキストの提示の仕方を工夫し,系統図を効果的に使うこと 研究結果の理解のしやすさとレファレンスの便宜を考慮して,系統図・図表を積極的に用いるべきである。また,論文の他に,注釈をつけた原テキストをインターネットで別に公開するなど,複層的な研究発表の手段を考えるべきである。これによって,年代記研究の難解さはある程度解消されると考える。
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