田園教育舎運動の史的再構成 : ドイツ自由学校連盟」の創設と活動に着目して
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概要
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本研究の目的は、(1)「ドイツ自由学校(田園教育舎及び自由学校共同体)連盟」の創設過程と初期の活動がどのようなものであったのかを、連盟内部の行為者の意識に注目しながら解明することであり、(2)そのことを通して、ノール学派とは異なる、新たな田園教育舎運動理解を提示することである。本稿では第一に、1920年代までの田園教育舎系自由学校の広がりと学校相互の関係性について概観する。第二に、第一次世界大戦後のインフレという共通の経済問題をきっかけにして、各学校が年次会議というかたちでネットワークを形成し始めたことを明らかにする。そして、第3回会議にあたる1924年10月のオーデンヴァルト校会議における、「ドイツ自由学校連盟」の創設について描写する。第三に、1925年5月に同連盟とベルリンの中央教育研究所の共同開催となった大会<田園教育舎>について考察する。それにより、田園教育舎系自由学校のネットワークがどのように機能しはじめ、また広く社会に紹介されていったのかを明らかにする。最後に、同連盟の創設と活動の考察から導かれる田園教育舎運動に関する結論を、2点において総括する。一つは、運動の成立について。ノール学派による伝統的な田園教育舎運動理解において、19世紀末の「文化批判」が田園教育舎運動の決定的な要因として論じられ、その上でリーツの最初の学校設立をもってその運動が開始したと見なされてきた。しかしながら、<田園教育舎>という独自の集団としての自覚と、そうしたものとしての社会的な認知が、「運動」に不可欠であるとするならば、1920年代までにそうした学校が増加していたということは、田園教育舎運動が成立するための必要条件であるが、十分条件とは言えない。「ドイツ自由学校連盟」という組織の創設と活動こそが。田園教育舎運動を生みだし展開させ、同時に輪郭を与える原動力になっていたのである。いま一つは、運動の統一性について。ノールにおいて、田園教育舎運動は確固たる統一性を有するもの考えられてきた。だが、本研究の分析に基づくならば、連盟の創設によって、各学校間にアンビヴァレントな連帯感情が形成された。つまり一方で、連盟が創設される過程で、自分たちが公立学校や他の私立学校とは一線を画す独自の集団であることが自覚されるようになった。しかし他方で、お互いを意識し比較できる状況が用意されることによって、各学校の差異が改めて意識され新たな軋轢がもたらされた。つまり、連盟の創設は、自分たち集団の外部に対する統一化と、集団の内部での差異化という二つの自己意識をもたらしたのである。
- 日本教育学会の論文
- 2000-09-30
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- 吉田成章著, 『ドイツ統一と教授学の再編 東ドイツ教授学の歴史的評価』, 広島大学出版会刊, 2011年3月発行, A5判, 311頁, 本体価格4,667円