ある神人(カミンチュ)の事例
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概要
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わが国における近代化の過程の中で、多くの人々、特に女性が、共同体のために自分を滅して奉仕するしがらみから逃れることにかなり成功したと同時に支えも失い、不安や孤独感を抱いている。本稿では、1999年から2000年までの沖縄本島北部の一人の神人(カミンチュ)Cさんと筆者の関わりの経過を報告し、現代の共同体と個人との関わりについて考察を試みた。1999年、Cさんとともに村の海神祭に参加した筆者は、Cさん達神人が地にひれ伏して祈る姿に心を打たれた。2000年、筆者はCさんの村に住むことになり、Cさんは、方々に頭を下げ筆者のことを取り計らってくれた。筆者が行事などに参加し地域に分け入るために琉球古典音さんしん楽を唄えること(歌・三線)が思わぬ効果をあげており、Cさんも喜び励ましてくれた。村のアサギの完成祝いでも筆者は三線を弾くように誘われたが、三線の試験に向けた合宿のため参加できなかった。その祝いの席でCさんは倒れて亡くなった。2002年、筆者はCさんの村に関する夢を見た。罠にはまり暴徒と化した少年達の生け賛になるところを、カウンセラーとして振舞うことで生き残れるかもしれない可能性が示唆されて目覚めた。地縁・血縁によって自動的に組み込まれる共同体のしがらみからの解放と同時に守りも失った現代人は、Cさんのような生き方や、Cさんのような存在に甘えながら共同体を成り立たせるやり方をもはや選ぼうとせず、自らの帰属先を選び、共同体側も成員を選ぶプロセスが展開している今日、神人として生ききったCさんの死により、師と、自らを滅して我々を甘えさせてくれる母とを同時に失った筆者にとって、共同体と個人のかかわりを自分の目で見、自分の声で語る道の模索が今後も課題となろう。いみじくもこの課題は、三線の訓練で、本当の自分の声で歌うことが目指されているのと重なってくる。多くの現代人にも通じる課題である。
- 2003-03-31
著者
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