<学位論文要旨>第一原理分子動力学法による液体合金の研究
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
第1章序論 液体合金はイオンと伝導電子からなる複雑な液体であり,乱れたイオン配列(液体の構造)と電子状態が強く相関をもつ系である。これまで,実験的には,X線回折や中性子回折などを用いた構造に関する研究と電気伝導度や混合エントロピーなどの電気的・熱力学的性質の研究が種々の液体合金系に対して行われてきた。一方,理論的には,経験的モデルあるいは近似理論により求められた原子間相互作用を用いた積分方程式理論や古典的シミュレーションにより,液体合金の構造が調べられ,電子状態に関しては,自由電子モデルにもとづく近似理論が用いられてきた。しかし,これらの方法では,液体合金中の乱れたイオン配列と電子状態の相関を正しく扱うことは難しかった。最近,イオン配列と電子状態を同時に扱うことを可能にする第一原理分子動力学シミュレーション法が提案され,多様な分野において適用され多くの成果を上げている。本論文は,第一原理分子動力学シミュレーションを用いて,相分離液体合金系と化合物形成液体合金系における液体の構造と電子状態の温度依存性および組成依存性を研究することにより,液体合金のイオン配列と電子状態の相関についての新たな知見を得ることを目的としている。本研究の目的は次の3つである。(1)第一原理分子動力学シミュレーションを並列化することにより大規模な計算を効率よく実行することを可能にし,液体合金系を取り扱うための方法論を確立すること。さらに,シミュレーション結果の可視化により現象の理解を容易にすること。(2)第一原理分子動力学シミュレーションを相分離液体合金系と化合物形成液体合金系に対して適用し,これらの液体の構造と電子状態について詳しく調べるとともに,これらの間の相関を解明すること。(3)シミュレーションで得られた結果に基づいて,液体合金系に対して得られている実験結果の特徴的性質をミクロなレベルで理解すること。 第2章計算方法 第2章では,本論文で用いた計算の方法,すなわち第一原理分子動力学シミュレーション法について述べている。第一原理分子動力学法は,古典的分子動力学法と違い,イオンのダイナミクスだけでなく,イオン配列の変化にともなう電子状態の変化をも同時に取り扱うことのできる方法である。電子状態の記述には,密度汎関数理論を用いている。密度汎関数理論では1電子密度が基本的に重要な物理量であるが,電子密度は波動関数から求められる。本研究では波動関数を平面波で展開する方法を用いるので,電子とイオンの相互作用の記述には擬ポテンシャル理論を用いる。第一原理分子動力学法は次のような手順で実行する。まず,与えられたイオン配置に対するエネルギー汎関数を共役勾配法で最小化することにより1電子密度とイオンに働く力を求め,さらに,その力を用いて分子動力学シミュレーションにより次の時刻でのイオン配置を求める。この手順を繰り返し実行することにより,各時刻におけるイオン配列と電予状態を求めることができる。本研究では,第一原理分子動力学シミュレーションを並列化することにより計算速度を高速化することに成功し,大規模な計算を効率よく実行することを可能にすることができた。さらに,シミュレーション結果の時系列データを用いてアニメーションを作成するなどの可視化により,イオン配列の時間変化と電子状態との相関のより良い理解を容易にした。 第3章相分離系 : 液体Li-Na合金([1], [2]) 第3章では,相分離系として知られている液体Li-Na合金に対して第一原理分子動力学シミュレーションを実行し,得られた構造と電子状態に基づいてこれらの合金系の特徴的性質をミクロなレベルで解明した。得られた結果は以下の通りである。(1)相分離曲線よりもかなり高温では一様な混合状態であるが,相分離曲線よりも低温側では相分離の傾向を再現できた。ゼロ合金に対して中性子散乱実験で得られている濃度-濃度相関関数の特徴的振る舞いをシミュレーションで再現することができた。(2)これらの構造上の特徴,すなわち相分離の傾向が,電子状態とどのように関連しているのかを,擬ポテンシャルの特徴や電子密度分布にもとづいて解明した。 第4章化合物形成系 : 液体アルカリーPb合金([3]-[7]) 第4章では,化合物形成系である液体アルカリ(Li, Na, K)-Pb合金に対して第一原理分子動力学シミュレーションを実行し,得られた構造と電子状態の温度依存性と組成依存性に基づいてこれらの合金系の特徴的性質をミクロなレベルで解明した。特に,結晶構造で見られる,4個のPb原子からなる正四面体構造(Zintlイオン)が,液体合金中でも安定に存在するのかどうかをアルカリ原子のサイズを変えて系統的に調べた。その結果,液体Li-Pbと液体Na-Pbの場合には孤立した安定なZint1イオンは見られず,K-Pb合金の時しかも20%Pbの時にのみ見られることが明らかになった。
- 広島大学の論文