<学位論文要旨>超流動 ^3He 薄膜系における境界効果
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概要
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典型的な強相関フェルミ流体である液体^3Heは,1∿2mKの超低温で,パラマグノンを媒介とした相互作用によりBCS転移を起こして超流動状態になる。^3Heの超流動状態は,金属中の電子の超伝導状態と同様に^3He原子がクーパー対を形成し凝縮した状態であるが,原子間に働く強い短距離斥力のために有限の角運動量を有する異方的クーパー対を形成する。このように対の角運動量が有限であるBCS状態を異方的BCS状態と呼ぶ。1972年の^3Heの超流動状態発見以降,重い電子系超伝導体や銅酸化物高温超伝導体,またごく最近SrRuO_4において,異方的BCS状態の可能性が次々と指摘されており,異方的対形成に起因する現象の研究が盛んに行われている。異方的BCS状態の物性を研究する上で,超流動^3Heは,極めて純粋な系であり理論と実験の定量的比較が可能であること,またクーパー対の対称性(p波3重項)が特定されていること等から,理想的な研究対象であるといえる。事実,超流動^3Heの研究を通じて明らかにされた物理概念は,その後発展した銅酸化物超伝導体,重い電子系物質等の強相関電子系の理解に大きな役割を果たしてきた。これら異方的BCS状態の特徴として,境界や不純物などによる散乱に敏感であることが挙げられる。超流動^3Heのこれまでの研究により,異方的BCS状態では,境界近傍においてクーパー対の異方性を反映した対破壊効果が現れ,それに伴い界面近傍の秩序パラメータや準粒子状態に大きな変化が生じることが明らかにされてきた。秩序パラメータは,境界近傍で押さえられ,境界から遠ざかるとコヒーレンス長のスケールでバルク系の値に回復していく。従って,境界を有する異方的BCS状態は必然的に非均一状態になっている。有限サイズの系では,境界近傍における対破壊効果の帰結として,転移温度の抑制,超流動密度の減少,バルクでは安定化し得ない低温低圧領域におけるA相の安定化等,様々なサイズ効果がみられる。^3He薄膜の超流動物性を探る新たなプローブとして,第三音波の観測が注目を浴びている。第三音波は,ヘリウム薄膜の超流動成分だけが動くことにより伝わる表面波で,最近,Schechterらにより初めてその観測が報告された。第三音波の音速測定から得られる重要な情報として,超流動密度があり,そのサイズ効果も同時に報告された。本論文では,Schechterらの実験に注目し,境界効果が顕著に現れるコヒーレンス長程度の厚さの^3He薄膜系における超流動物性の理論的研究を行った。境界効果に由来する非均一状態に関する従来の理論は,転移点近傍で有効なGinzburg-Landau理論に拠るものが大部分で,重要な境界条件も現象論的な仮定に基づくものが多かった。また,低温領域でも有効な理論的方法として,準古典的グリーン関数法があるが,その境界条件も,現象論的モデルに基づくものが多く,それぞれに難点が指摘されていた。従って,超流動状態の全温度領域に渉って実験との定量的比較に耐える理論は無かったといってよい。本研究の目的は,準古典的グリーン関数の境界条件を微視的立場から与え,非均一状態を定量的に記述できる理論的方法を確立して,対振幅(秩序パラメータ)の空間変動や,転移温度,超流動密度のサイズ効果について論じることにある。準古典的グリーン関数の境界条件については,境界散乱が鏡面的極限(specular limit)の場合はこれまで比較的よく調べられているが,境界の粗さによる散漫的散乱(diffuse scattering)を含む任意の境界散乱を扱える理論は十分に展開されてはいない。実際の試料では,原子スケールでの界面の制御は事実上不可能であり,実験との検証という点でも,一般的な理論が必要である。最近,長登らは,Random S-matrix Theoryと呼ばれる理論を提案した。まず,表面散乱のS-matrixを含む準古典的グリーン関数の形式解を求める。表面の乱雑さをS-matrixの統計的分布で表し,形式解の統計的平均を取ることで,散漫散乱による効果を取り入れることに成功した。この方法に拠れば,境界散乱の効果をspecular limitからdiffusive limitまで統一的に扱うことが可能になる。しかし,長登らの理論は,超流動の流れの無い場合に限られており,超流動密度を議論することはできない。本研究では,長登らによる準古典的グリーン関数の境界理論を超流動流のある場合に拡張し,境界効果を系統的に取り扱える形で薄膜系における線形応答理論の定式化を行い,超流動^3Heの対振幅の空間的変動,転移温度や超流動密度のサイズ依存性,および境界散乱依存性について議論した。
- 広島大学の論文