<学位論文要旨>身体症状自覚の促進要因に関する行動論的研究
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概要
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動悸や頭痛,全身的疲労感などの主観的体験である身体症状自覚は,生体側の内的変化のみに規定されるわけでなく,様々な心理的要因の影響を受けて変化する。そのため,生体側に器質的変化が生じていないにもかかわらず重篤な身体症状を自覚したり,逆に生体側に器質的病変が生じていてもそれに関連する身体症状を全く自覚しないというような,身体症状自覚の歪みが引き起こされることがある。特に,生体側の内的変化に比べて身体症状を過剰に自覚するという反応傾向は,心気症やパニック障害など,臨床心理学的に問題とされる複数の精神疾患において認められ,疾患の維持・悪化をもたらしている。そこで,身体症状の過剰自覚を修正するための介入要因の検討が臨床心理学的に重要な課題としてあげられる。本研究では,身体症状過剰自覚修正のための介入手続きを考える上で有効な一つの理論的枠組みを提供することを目的とし,検討を行った。論文の概要は以下の通りである。第1章では身体症状自覚に関する研究の現状をまとめ本研究の目的を示した。従来の研究では,身体症状の過剰自覚,すなわち生体側の内的変化に規定されない症状自覚の促進をもたらす要因として,身体症状への注意という心理的要因が検討され,特定の身体症状への注意が高まるとその症状の自覚が促進されることが明らかにされてきた。さらに特性的な身体状態自覚傾向や,身体症状と嫌悪事態(疾患などの健康脅威事態)との関連性についてのスキーマが,身体症状への注意を規定するより起点的な要因として位置づけられてきた。しかし,従来検討されてきたこれらの要因を,過剰自覚修正のための介入要因として適用する上では,介入効果の持続性や,介入による要因の変容可能性が理論的に確認されていないという点で問題がある。本研究では,行動論的な観点から,身体症状と嫌悪事態との関連性を,身体症状と嫌悪事態との随伴性としてとらえ直した。その上で,学習過程を通した随伴性の形成・消去という枠組みから,身体症状過剰自覚の発生・修正機序をとらえ,過剰自覚修正のための介入手続きを体系化していくことが可能かどうかについて検討を行うことを目的とした。(1)学習過程を経て身体症状と嫌悪事態との間に随伴性が形成されることによって,身体症状への注意が高まり,生体側の内的変化に規定されない症状の過剰自覚がもたらされる,(2)形成された随伴性が消去されることによって症状の過剰自覚が修正される,という仮説のもとに検討を行った。第2章では,2つの調査研究について報告した。いずれも,仮説として提起した随伴性の形成・消去と身体症状自覚との因果関係を検証する前段階として,身体症状と嫌悪事態との随伴性という枠組みを導入して,現実場面における身体症状自覚の変化をとらえることが可能かどうかを検討したものである。調査1では,状況特徴的に形成されると考えられる身体症状と嫌悪事態との随伴性に着目した検討を行った。他者評価場面において高度な動作スキルを呈示する必要があるパフォーマンス場面では,パフォーマンス失敗への懸念を中心とするパフォーマンス不安が喚起されやすく,不安反応として様々な身体症状が生じることが報告されている。特に,動作の際に使用する身体部位で身体症状が生じた場合,パフォーマンス失敗へと結びつきやすい。そのため,パフォーマンス場面では,動作の際に使用する身体部位で生じる身体症状と「パフォーマンスが失敗する」という嫌悪事態との間に「身体症状が出現するとパフォーマンスが失敗する」という形態での随伴性が形成されていると考えられる。実際にパフォーマンス場面の一つであるピアノ演奏場面における身体症状自覚について検討を行った結果,ピアノ演奏に使用する身体部位である手・指先の身体症状は,全身的な身体症状に比べて自覚されやすいことが明らかになった。このことから,パフォーマンス失敗との間に随伴性が形成されていると考えられる身体症状が他の身体症状よりも自覚されやすいことが示され,パフォーマンス場面における身体症状自覚について,身体症状と嫌悪事態との随伴性という枠組みを導入した説明が可能であることが示唆された。調査2では調査場面をより一般化し,日常的に体験する様々な嫌悪事態と身体症状との随伴性に着目した検討を行った。さらにそれらの随伴性を「嫌悪事態が到来した時に身体症状が出現する確率」という形で実際に測定し,測定された随伴性と日常場面における身体症状の自覚頻度との関係を検討した。検討の結果,実際に嫌悪事態を経験した頻度,および個体側の特性的な身体状態自覚傾向という2つの要因が身体症状自覚に及ぼす影響を考慮した上でさらに,随伴確率判断と身体症状の自覚頻度との間に有意な正の関連が認められることが明らかになった。
- 広島大学の論文
- 1998-12-28
著者
関連論文
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- 演奏不安状況における身体症状知覚の検討
- P-2 自由裁量度がストレス反応に及ぼす影響に関する研究(ポスター発表,21世紀の空へ翔ベ-フィールドを越えた行動療法の発展,第22回大会)
- P-12 身体症状への嫌悪事態随伴確率の操作が身体症状自覚過程に及ぼす影響(ポスター発表)