ウナギの浸透圧調節に関与しているペプチドの単離とその作用
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概要
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ウナギは,淡水中(0.1mOsm/1)でも,海水中(1,000mOsm/1)でも,その血液浸透圧を,ほぼ350mOsm/1と一定に保っている。この血液浸透圧の恒常性の維持には,鰓・腸・腎臓といった浸透圧調節器官だけでなく(Smith, 1930),食道や心臓も関与していることがわかってきた(Hirano and Mayer-Gostan, 1976; Nagashima and Ando, 1994; 安田と坂口, 未発表)。しかしながら,これらの器官において,どのような因子が関与し,どのようにして血液浸透圧の恒常性を維持しているのかはまだほとんど知られていない。ウナギの浸透圧調節器官の内,腸は鰓や腎臓と比べて構造が単純で,イオンと水の輸送を測定することが比較的容易である。また同様に生物検定系に適しているものとして心房が挙げられる。ウナギの心房は摘出しやすく,単離した心房は長時間一定の拍動を続けるという特徴を持つ(Yasuda et al., 1996)。本研究は,海水ウナギの腸におけるCl^-の能動輸送によって生じる漿膜側陰性の経上皮電位(PD)とCl^-の能動輸送速度を反映する短絡電流(I_<sc>)を指標にし,また,ウナギの単離した心房の拍動を生物検定系に用いて,ウナギの腸の抽出液から腸のイオン輸送や心房の拍動に影響を及ぼす因子を単離し,その因子の作用について調べたものである。第1章では,PDを高める物質としてウナギの腸から単離した6種類のsomatostatin-related peptides(SS)の構造と作用について述べる。6種類のSSの内,アミノ酸25残基からなるペプチド(Ser-Val-Asp-Asn-Gln^5-Gln-Gly-Arg-Glu-Arg^<10>-Lys-Ala-Gly-Cys-Lys^<15>-Asn-Phe-Tyr-Trp-Lys^<20>-Gly-Pro-Thr-Ser-Cys^<25>)とそのN末端側から20残基目のLysがハイドロキシル化したペプチドはConlon et al.(1988)によってヨーロッパウナギの膵臓から単離されたeSS-25IIとeSS-25Iと同一のアミノ酸配列であった。残りの4種類のペプチドは,eSS-25IIのN末端側から5残基目もしくは6残基目のGlnがGluに置換されたものと,eSS-25IIやeSS-25IのC末端側14残基からなるSSで,これらペプチドの報告はまだないので,それぞれ[Glu^5] eSS-25II, [Glu^6]eSS-25II, eSS-14II, eSS-14Iと名付けた。これらのSSはいずれも,海水ウナギの腸をserotonin (5-HT), methacholine (cholinergic agonist),IBMX(cAMP phosphodiesterase阻害剤)で処理してI_<sc>を低く抑えた条件下で,拮抗的に働いてI_<sc>を濃度依存的に高めた。I_<sc>を上昇させる効果は,単離してきたSSの中で,eSS-25IIが一番低濃度で活性を示した。eSS-25IIは,tetrodotoxin(TTX)で予め神経の興奮を抑えておいても,またadrenaline(AD)によるI_<sc>増大効果をyohimbineで完全に遮断しておいても,I_<sc>増大効果を示したので,SSの効果は神経やAD放出を介してはいないと思われる。海水ウナギの腸におけるNaClや水の正味の吸収量について調べたところ,eSS-25IIによって実際にNaClや水の吸収が高められることが明らかになった。SSと同様な効果を示す物質として,ウナギの腸からneuropeptideY relatedpeptide (eNPY)も単離した(第2章)。 SSとeNPYは,5-HTやacetylcholineによって腸のイオンと水の吸収が低下した際に,それを元のレベルに回復させる作用を持っているものと考えられる。eNPYはまたウナギの心臓にも存在し,心房の収縮力を濃度依存的に高めることを明らかにした(第3章)。ウナギの心臓にはADが存在し,同様に収縮力を増大させる効果を持つことが知られているが(Pennec and Le Bras, 1984),eNPYは,betaxololでADの効果を完全に抑えた状態でも,収縮力を高めたことから,eNPYはAD放出を介してはいないと思われる。ウナギの心房にeNPYとADを同時に投与すると,収縮力増強効果に関しては,低濃度ではeNPYの効果はADの効果の上に乗るが,高濃度ではAD単独の効果以上の収縮増強効果はみられなかった。このことから,eNPYとADの収縮力を高める効果はシグナルトランスダクション経路を共有していると思われる。共通のシグナルトランスダクション経路の一つとして,細胞内Ca^<2+>が考えられるので,心筋細胞内のCa^<2+>レベル([Ca^<2+>]_i)に及ぼすeNPYとADの影響を調べたところ,eNPYとADによって[Ca^<2+>]_iが増大することがわかった。心拍動に対するeNPYとADの効果はCa^<2+>-free Ringer液中やverapamil(Ca^<2+>チャネル阻害剤)存在下では抑えられることから,eNPYやADによる[Ca^<2+>]_iの上昇は外液からのCa^<2+>の流入によると考えられる。eNPYとADは共に心房の[Ca^<2+>]_iを上昇させ,収縮力を高めるが,それぞれの効果の時間経過には違いがみられた。
- 広島大学の論文
- 1997-12-28