入眠期脳波の時間的・空間的変動特性の研究
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概要
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第1章入眠期研究の現状と問題点 覚醒から睡眠への移行期である入眠期は,入眠時幻覚,半睡時思考等の特異な心理体験を伴うことから,心理学的にも注目されてきた。しかし,この入眠期は主観的報告とポリグラフィ指標が必ずしも一致しないこと,また主観的指標と行動的指標にも不一致が生じることが報告され,複雑で不規則な状態であることが指摘されている。この原因として,現在の国際判定基準(Rechtshaffen and Kales 1968)は長時間の夜間睡眠記録を対象にしたものであり,短時間で終了してしまう入眠期を検討するには,不十分であることが挙げられる。このことが入眠期の構造や機能を理解するのを困難にし,従来の知見間の不一致と混乱を生み総括的な研究への障害となっていると示唆される。すなわち,入眠期を詳細に検討するためには,国際判定基準にかわる新たな入眠期脳波用の判定基準の考案が望まれる。一方,入眠期脳波の特徴は,脳波の波形や周波数の変化に加え,その頭皮上分布の変化が重要な情報であることが指摘されている。つまり,覚醒期から睡眠期への移行に伴う脳波変化を詳細に記述するためには,脳波の頭皮上空間分布を明確にし,多部位間での部位間関係を定量的に表現する必要がある。しかし,これまで,入眠期の脳波変化は短時間で終了し,不規則・不安定であるという考え方が定説となっており,統計的にその構造の分析を試みることは困難であった。以上の研究背景をもとに,本研究では,9段階の入眠期判別用の脳波段階を用いて,(1)状態像の刻々の変化に対応した脳波の頭皮上空間分布を定量的に明確にし,(2)多部位間での部位間関係を集約的に捉え,その時間変動を定量化し,複雑な脳波変動を単純化して表現することを目的とした。第2章特徴的脳波パタン(脳波段階)からみた入眠期脳波の変動構造と法則性 本研究は入眠期の脳波変化を詳細に記述するために,覚醒から睡眠への移行期にみられる特徴的脳波パタンを9つに分類した。この9つの特徴パタンは,音刺激に対する反応時間,反応率を測定した行動的入眠の検討により,順位的に尺度化されたもので,以後,脳波段階と定義し, 従来の国際判定基準の睡眠段階と区別した(Hori et al. 1994)。脳波段階の判定には左中心部の脳波記録を用い,1)α波連続期,2)α波不連続期(α≧50%),3)α波不連続期(α<50%),4)平坦期,5)θ波期,6)頭頂部鋭波散発期,7)頭頂部鋭波頻発期,8)頭頂部鋭波と紡錘構成波期,9)睡眠紡錘波期の9段階とした。脳波段階1,2が国際判定基準の覚醒(W),脳波段階3∿8が睡眠段階1,脳波段階9が睡眠段階2である。まず,入眠期に特徴的な9つの脳波パタン(脳波段階)について,自然睡眠下で,その時間的軽過,出現順序の規則性,パタン間の相互移行関係を統計的に明確し,入眠期脳波の変動構造と法則性を検討した。その結果,入眠期の特徴的脳波としてはα波,θ波,睡眠紡錘波の3つが特に主要なもので,頭頂部鋭波はその背景にθ波をもちながら修飾的に出現していることが示唆された。さらに,各脳波段階の移行関係について検討した結果から,いずれの脳波段階においても隣接する脳波段階に移行する割合が最も高い値を示し,本研究で用いた9つの脳波段階の順位性が妥当であることが確認された。第3章脳波振幅による入眠期脳波の頭皮上分布と変遷過程の検討 次に,頭皮上12部位のデータをスペクトル分析し,脳波振幅をもとに脳波トポグラムを作成し,入眠期の脳波の頭皮上分布特徴とその変遷過程を定量的に分析した。その結果,脳波段階の進行に伴い,覚醒中の指標とされるα帯域活動は優勢部位が頭頂部・後頭部から前頭部へと正中線上を移動すること,徐波成分であるδ,θ帯域の活動および睡眠紡錘波の活動に相当するσ帯域活動は,優勢部位とその周辺部との落差が徐々に深まっていくことがわかった。つまり,脳波振幅のスペクトル分析の結果から,睡眠現象は頭の前の方から発達し,後頭・側頭へと波及していく様子をトポグラフィ上に記述することに成功した。そこで,各帯域の頭皮上分布を構成している優勢成分を抽出するために,各帯域毎に作成した12部位毎の相関マトリックスを基に主成分分析を行い,それらの優勢成分の脳波段階毎の変化を主成分得点を求め,検討した。その結果,覚醒成分の減衰と睡眠成分の増強という意識変遷過程を脳波の定量データから記述することが可能となった。さらに,その進行状態を脳波の前後差指数で記述し,入眠期脳波の時間的・空間的特性を単純な形で表現しようと試みた。その結果,α2,α3,σ帯域活動の前後差指数は,脳波段階の進行に対応して直線的に増加し,入眠期の脳波活動の変化を鋭敏に表現した。
- 広島大学の論文
- 1997-12-28