ジメチルスルホキシド処理によるヒト前骨髄性白血病細胞株 HL-60 の非可逆的な増殖停止の機構に関する研究
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概要
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ヒト前骨髄性白血病細胞株HL-60は薬剤処理により脱癌化し,種々の成熟細胞の分化形質を発現し増殖を停止するという注目すべき特徴を持っている。このため,1977年に株化されて以来多くの研究者によりさまざまな角度から研究されてきた。薬剤処理による脱癌化で重要なことは,変化の非可逆性,換言すると薬剤を除去しても誘導された変化が維持されることである。従って,非可逆変化であることを明瞭に示すこと,さらに非可逆性の機構を明らかにすることは最も重要な中心的課題の一つである。HL-60細胞のDMSO処理による顆粒球への分化誘導に伴う増殖停止は,非可逆的であることが多くの実験で示されている数少ない例であるが,その分子機構についてはこれまで不明のままであった。HL-60細胞の亜株であるHL-60DM細胞では,がん遺伝子c-mycがDouble Minute 染色体(DM)上で増幅している。DMには動原体が無く,微小核の中に選択的に取り込まれ細胞外に排出される。この過程は自発的にも起こるがDMSO処理により促進されるので,c-myc遺伝子のコピー数の減少が非可逆的増殖停止の原因であるとするのは常識的な考えである。本論文は,この考えに含まれる矛盾をつぎのような実験的証拠により明かにした。1)非可逆的に分化したHL-60DM細胞において,増幅したc-myc遺伝子が完全に除かれているわけではなく,なお5倍程度の増幅がみられる。これと同程度に増幅したc-myc遺伝子を細胞染色体上のHomogeneously Staining Region (HSR)にもつ亜株HL-60HSRでは,DMSO存在下で分化形質を発現し増殖を停止するが,DMSOを除去すると元の状態に戻る,すなわち変化は可逆である。2)HL-60HSRが常に可逆的な増殖停止を示す訳ではなく,DMSO処理により分化しない分化耐性株の報告が複数ある。3)c-myc遺伝子の転写はDMSO処理により早期に抑制されてしまう。また,mRNAおよびタンパク質の寿命も非常に短い。従って,c-myc遺伝子の発現が抑制された以後の時点でc-myc遺伝子のコピー数の減少が起こっても細胞に実質的な変化は生じない。ゆえに,非可逆的に増殖停止したHL-60DM細胞で,c-myc遺伝子の増幅率が常に一定の低い値を示す理由は考えられない。4)HL-60DM細胞からは非可逆的に増殖停止した細胞が自発的に生じる。その細胞内のc-myc遺伝子の増幅率は,DMSO処理によって非可逆的に分化した細胞の値と一致する。また,HL-60HSR細胞の値とも近いが,HL-60HSR細胞からは自発的に非可逆的に分化した細胞は生じない。5)非可逆的に分化したHL-60DM細胞に残存しているc-myc遺伝子は,処理前にはmRNAを発現しているが,分化した細胞では遺伝子の染色体構造が不活性状態に変化し,転写活性は喪失している。上記の矛盾は次のモデルで簡単に解決できることが本論文で示された。1)細胞核内にはc-myc以外のがん遺伝子が増幅して発現しており,そのがん遺伝子が除かれると細胞の非可逆的な分化が誘導される。2)そのがん遺伝子が細胞染色体にHSRとして組み込まれるとき,DMSO処理により発現が抑制される形をとるか,あるいは抑制されない形をとるかで,可逆的分化を示したり分化耐性となったりする。HL-60細胞のジメチルスルホキシド処理による顆粒球への分化と増殖停止は20年近く研究されてきたが,本論文は非可逆変化の機構に対する初めての重要な貢献である。
- 広島大学の論文
- 1996-12-28