<学位論文要旨>癌細胞のフルオロピリミジン系制癌剤感受性の規定因子及びその制癌効果の生化学的増強に関する基礎研究
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概要
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本研究は,フルオロピリミジン系制癌剤の癌細胞の感受性規定因子を探るため,その由来組織を異にするヒト癌細胞株間での感受性を比較し,その中から明確な感受性差を有する細胞株を選択し,最終的に,これらの癌種間の感受性差の原因が,細胞内の還元型葉酸にあることを初めて明確にした。更に,複数のシスプラチン耐性細胞株とそれぞれの親株を用いて,フルオロピリミジンに対する感受性がシスプラチン耐性化に伴って変化しているという重要な事実を発見し,その原因がチミジンの細胞内輸送の現象に起因することを明らかにした。本論文は4章から構成されている。第1章 : 序論。癌化学療法の問題点として,制癌剤耐性の問題を取り上げ,治療開始当初に癌細胞が示す自然耐性と制癌剤治療により獲得される耐性について概説した後,その克服法の開発のため,癌細胞の制癌剤耐性機構の解明の重要性について述べている。そのための実験系について,培養癌細胞を用いた実験系の意義について述べた後,過去の実験結果をもとに,フルオロピリミジン系制癌剤に対する癌細胞の感受性に関する細胞内の重要因子を解明するための本研究の戦略について説明し,由来組織を異にする腫瘍のフルオロピリミジン系制癌剤に対する自然耐性機構(第2章)及びシスプラチン耐性を獲得した細胞株におけるフルオロピリミジン系制癌剤に対する感受性変化(第3章)を研究題材として取り上げた理由について述べている。第2章 : 5株の大腸菌,5株の胃癌,4株の非小細胞肺癌細胞を用いて,フルオロピリミジン系制癌剤感受性及びフルオロピリミジン系制癌剤と還元型葉酸であるロイコボリンとの併用効果を,コロニー形成阻害試験により調べ,その感受性が,臨床結果を反映したものであることを示している。この検討の結果,大腸癌,胃癌細胞株は,チミジル酸合成酵素阻害を主たる作用機作とするフルオロデオキシウリジンに感受性が高く,しかも,チミジル酸合成酵素の阻害に必要な還元型葉酸との併用により効果増強が認められるが,非小細胞肺癌株では,フルオロデオキシウリジンに耐性であり,還元型葉酸と併用することによる増強効果も認められないことを発見した。さらに,フルオロデオキシウリジンに明確な感受性差を有する細胞株を選定して感受性と相関する細胞内因子を検索し,還元型葉酸量がその原因であることを明らかにしている。第3章 : プラチナ錯体の制癌剤であるシスプラチンの耐性化に伴う癌細胞の各種制癌剤に対する感受性変化を複数のシスプラチン耐性株を用いて検討し,各種制癌剤の中でフルオロウラシルに対する感受性が亢進する現象を発見した。その原因をシスプラチン耐性株とその親株と比較しながら生化学的に解析し,シスプラチン耐性株ではフルオロウラシルによるチミジル酸合成酵素の阻害によってもたらされるdTTPの減少及びDNAの切断がより強く起こっていることを明らかにしている。更に,その原因を追求し,シスプラチン耐性株では,チミジル酸を合成するもうひとつの経路である細胞外のチミジンからチミジル酸を合成する経路において,最初の過程であるチミジンの細胞膜輸送系がシスプラチン耐性細胞で損傷していることを明らかにしている。即ち,フルオロウラシルの細胞内代謝物FdUMPによるチミジル酸合成酵素の阻害によってもたらされる作用を打ち消す機構が,シスプラチン耐性株では機能していないことを示した。これらの事実は,シスプラチン耐性機構を考える上で極めて重要な発見であることを指摘している。第4章 : 本研究の結論。本研究の結論及び本研究で得られた成果の意義とその今後の活用について述べている。フルオロピリミジンの作用に,細胞内の還元型葉酸量あるいはチミジル酸のサルベージ合成系が重要な影響を及ぼすことを実証した。特に,由来組織を異にする癌細胞株の感受性を規定する因子があることを初めて明確にしたことは,今後,これらの癌化学療法の基礎として,培養細胞を用いた癌種特異的作用の検討に道を開いた意義が強調されている。
- 広島大学の論文
- 1993-12-31