領台初期の台湾語教学(1)
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概要
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明治28年台湾は日本の植民地となり、台湾人に対する行政的、軍事的統治が開始された。台湾統治の方針は内地への同化政策であり、その基幹は教育であって、教育政策の実質は言語教育すなわち本島人に日本語を習得させることにほかならなかった。言語教育はもちろん現地人に対する日本語の「押し付け」ではあったが、領台の初期にあってはけっして片務的なものではなく、台湾に渡る日本人に対しては現地語(福建、広東系中国語方言と「藩語」を含む)の習得が要請された。学習は官吏、学校、軍、民間の各層で広く展開された。少なからぬ日本人が、漢語や欧米語ではなく文化価値の低い「土語」を学ぼうとしたことは史上初めての経験であったろう。「土語」はあくまで実用のために学ばれたので、「土語」の学習熱は日本語教育が一定の成果をあげると次第に下火になっていった。小論の目的は台湾「土語」のうち、最も使用人口が多く優勢な言葉であり、従って内地人の学習人口も相対的に多かった福建系台湾語の学習教育が、現場ではどのようなものであったのかを一次資料によりながら具体的に振り返ってみることにある。当然、資料から当時の台湾における言語の実際状況を知ることができる。また、日本植民地時代にあげた日本人の台湾語研究における成果も純学術面からみて極めて大きなものであり、この点も併せて考察する。考察は軍、官、民の各階層について行われる。
著者
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