運動錯覚を伴う視覚性感覚入力による運動学習効果の検討
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概要
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【はじめに、目的】ミラーセラピー時の脳活動に関しては、運動錯覚を伴う視覚入力により実際には運動を行っていない状況でも、対側の運動関連領域の興奮性が増大することが報告されている。また、運動観察を行うことでも対象となる運動特異的に課題遂行成績が向上すると共に、運動関連領域の興奮性が増大することが報告されている。しかしこれらの脳領域の興奮性変化が、どのような神経生理学的機序によって出現するのかは明らかになっていない。一方、近年視覚刺激による脳機能変化の要因としてミラーニューロンシステム(以下MNS)の関与が広く示唆されており、ミラーセラピーや運動観察時のMNSの影響を検討する必要がある。そこで今回、運動錯覚を伴う運動観察法を用いて、介入による運動機能と脳機能の変化を検討すると共に、介入中の脳機能についても検討することを目的に研究を実施する。【方法】対象は神経学的障害を有していない右利きの健常成人24 名(24.0 ± 3.9 歳、男性20 名、女性4 名)である。本研究における運動課題は非利き手で2 つのボールを30 秒間にできるだけ早く回す課題とした。脳機能計測には経頭蓋磁気刺激(TMS)を使用した。TMSでの刺激領域は右一次運動野(M1)とし、左背側骨間筋(FDI)より運動誘発電位(MEP)を表面筋電図にて導出した。運動域値は、安静時にFDIより10 回中5 回以上MEP振幅が50 μVを越える最小の刺激強度とした。MEPは1.0mVとなる強度での刺激を介入前後で実施した。またM1 への二連発刺激を用いて、皮質内抑制(SICI)と促通(ICF)も検討した。SICIとICFは各々単発刺激に対する割合で表した。実験1 として、予め熟練者の課題遂行時の手の動きをビデオカメラで記録した映像を被験者に提示する運動観察法を用いた。具体的には、運動課題遂行中の手が映し出されたPCモニタの下に被験者の手を入れることで運動錯覚も誘発した。対照群としては、PCモニタの下に被験者の手を入れた状態で静止画を提示した。そして、これら介入前後のM1 機能とボール回し回数の変化を測定した。実験2 としては、運動観察法による介入中のM1 機能を検討した。また対照課題として動画を反転させた課題(反転群)と静止画を見せる課題(静止画群)を用い、任意の順番で被験者に視覚刺激を提示している最中のM1 機能を測定した。実験2 では、介入中に運動学習が発生してしまうと時間経過によりM1 の興奮性が変化する可能性が考えられたため、介入前にボール回し回数が一定になる程度まで十分練習を行ってから実施した。またM1 機能に関しては、介入前後の値の平均値に対する各群の割合を検討した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は、京都大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した。また、被験者は医師から口頭で実験内容を十分説明され、実験への参加は任意とした。【結果】実験1 では、ボール回し回数が運動観察群で介入前24.8 ± 1.8 回が後28.6 ± 1.7 回となり、対照群では20.3 ± 2.2回から20.8 ± 2.4 回となり、運動観察群で有意な向上を示した。また脳機能に関して、MEPは運動観察群で介入前687.4 ± 133.0 μV、後938 ± 205.5 μVとなり、対照群では678.0 ± 122.5 μV から680.2 ± 128.6 μVとなり、運動観察群で有意にMEPが増大した。 ICFでも運動観察群で1.202 ± 0.071 μVが1.549 ± 0.119 μVとなり、対照群では1.353 ± 0.111 μVから1.293 ± 0.087 μVとなり、運動観察群で有意な増大が見られた。一方 SICIでは変化が見られなかった。実験2 は、MEPにおいて運動観察群1.543 ± 0.09、反転群1.442 ± 0.147、静止画群1.156 ± 0.123 となり運動観察群で有意なMEPの増大を認めた。またICFでも、運動観察群1.368 ± 0.074、反転群1.208 ± 0.052、静止画群1.210 ± 0.056 となり、運動観察群で有意なICF増大を認めたが、SICIでは有意差を認めなかった。【考察】運動錯覚を伴う視覚入力介入により、実際の運動を伴わなくても対側M1 の興奮性を増大し、それに伴う運動機能を向上が得られた。またこの興奮性の増大は、皮質内の興奮性回路を特に活性化させていることが示唆された。そして、介入中のM1 の機能変化から、介入前後の結果同様、M1 の興奮性増大に皮質内の興奮性回路の関与が強く示めされた。【理学療法学研究としての意義】臨床において、自主訓練として今回検討した運動錯覚を伴う視覚入力方法を用いることで、M1 の機能改善に伴う運動機能の改善を図ることができる可能性が示唆されたものと考える。また運動が困難な重度麻痺患者などへの応用も今後検討していく。
- 公益社団法人 日本理学療法士協会の論文
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