蝸牛の機能的現象における蛋白およびリボ核酸代謝
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概要
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私は12年以上も前に蝸牛の代謝過程について研究し始めて以来, 数多くの未解決の問題をみつけ, またあらゆる分野で新しい未知の反応過程が解明されるのを期待して来た. 私は他の器官における蛋白およびリボ核酸代謝に関するこれまでの研究に興味を持ち, コルチ氏器官におけるこの問題を研究目的に選んだ.<BR>コルチ氏器官の組織および細胞化学的検索は, 従来のパラフィンやセロイジン標本の場合よりも本質的に巧妙な, そして組織に忠実な技術が要求される. そこでわれわれは, Neubert (1950) による微小標本製作法を採用した. その原理はコルチ氏器官の構造を保護する事である. 主にモルモットを使つたが, 微小標本は常に脱灰を試みないで固定あるいは未固定の蝸牛で作製した. 摘出標本には多くの組織学的あるいは組織化学的染色法が行なわれる. 即ち, ヘマトキシリン・エオジン, ワンギーソン染色を, また同時にフォイルゲン反応, クレジールヴィオレットおよびガロシアニンクロームアラウン染色等を使用した.<BR>既に初期の頃, 研究結果を模式図に記入することを行なつたが, 最近統計学を応用して細胞蝸牛図に拡充した. この細胞蝸牛図は常に蝸牛全貌を理解せしめ, しかも種々の検索方法の相関々係を知る上にも絶対に必要なものである.<BR>この組織化学的検索によつて, われわれは血管条および螺旋神経節細胞におけると全く同様に, コルチ氏器官の内外有毛細胞においても, 蛋白およびリボ核酸代謝が活発に行なわれていることを既に確認している (Oshiro u. Perlman, 1965). 最近蛋白およびリボ核酸合成による核と細胞質問の相互活動を示したのは印象深かつたが, これにより非常に美しい活動循環を知ることが出来た. これはまたオートラジオグラフを用いた方法によつて確認されている (Meyer zum Gottesberge, 1960;Plester, 1960;Koburg, 1961).<BR>螺旋神経節細胞も多くの蛋白代謝を有していることが明らかになつた. 血管条および螺旋靱帯においては蛋白代謝は極めて僅かであるのに反し, コルチ氏器官における細胞の蛋白代謝はほゞ中等度である.<BR>蝸牛管における蛋白およびリボ核酸代謝の知見については勿論, 刺激に対する態度にも興味を抱いた. 最近われわれは正弦波音即ち純音のように, 適当の刺激を用い実験を行なつた. 90~120dBの音圧変化で500~3000Hzの正弦波音で音響負荷実験を行ない, その結果を模式図に記入した. 同時に負荷後すぐに殺した動物については蝸牛電気反応を計測し, 生存モルモットの聴力はプライエル氏耳介反射で検査した. その結果外有毛細胞の可逆的機能低下の最初の徴候として, 細胞質の蛋白およびリボ核酸代謝の低下が起こつていることが明らかになつた. この代謝障害はその時の周波数帯域に密接に限局していた. またわれわれは血管条にも蛋白質の減少を観察した. その場合, 強大音刺激は外有毛細胞の細胞変化とともに明らかな代謝障害を起こす. 核萎縮とともに著明な膨化核の存在を認めた. その他に螺旋神経節細胞の障害がみられた.(Thomsenu. Pakkenberg, 1962;Pakkenberg u. Thomsen, 1964). この結果から見て, 音響負荷後の諸変化には, 刺激音の強さが先ず決定的であるといえる. それに対し周波数および負荷時間は二次的な役割をはたしている. 音響負荷に対する個々の感受性はそれ以上に決定的である.<BR>強大音響刺激に際して原周波数に一致して扇型の障害部位が基底膜上に確認された. その場合, 外有毛細胞に蛋白およびリボ核酸の著明な減少が認められた. このような方法でわれわれは全て蝸牛を検索した.<BR>また, 適応刺激と同時に不適応刺激 (温熱, 寒冷, 超音波), 酸素欠乏およびカナマイシン投与の影響についても実験した. その場合, 蝸牛管の構造に関しては形態学的に同様の像が認められた. 内有毛細胞はどのような刺激に対しても, 外有毛細胞に比較して大きな抵抗を有することが明らかであつた.<BR>われわれはたえず次のような疑問を抱いていた. 即ち生理学的および病的条件下では内外リンパがいかなる態度を示すかということである. そこでリンパにおける蛋白の状態を検討する事を企てたが, どうしたら少量の内外リンパ液を得られるかという疑問にぶつかつた. 長い間研究した後, 共同研究者のHolz (1964) はRauchによつて述べられた氷結切片法を発展させ, 少量のリンパを取り出すことに成功した. このリンパを免疫学的電気泳動法を用いて検索した結果, 負荷後内外リンパに新しい低分子蛋白体が出現することを確かめた (写真2Beck u. Holz, 1965). しかしこれはSM中毒では認められなかつた (Stange, Holz, Terayama u. Beck, 1966).<BR>形態学的および生化学的所見に加えて, 電気生理学的検索方法を用いることにより蝸牛の機能状態を知る事が出来ると考えられるが, 最近われわれはこの重要な目標に一歩近づくことが出来た. このような検索を行なつた結果, 耳中毒性薬物を投与した場合, コルチ氏器官有毛細胞には形態学的変化より先に重要な機能的欠陥が起こることを発見した. 高周波数に対する感覚細胞および外有毛細胞は耳中毒性の薬物の影響には非常に敏感である. 膨化核の状態にある感覚細胞が多くあり, また形態学的に無傷を示す感覚細胞が既に機能低下を現わしている,<BR>音響負荷 (3000Hz, 120dB, 45分間持続) による障害と, 耳中毒性薬物 (10×250mg/kg, SM筋注) による障害の比較では, 形態学的にも質的にもまた量的にも同様の感覚細胞障害を認めた. これに反して正弦波音負荷による順応扇型は, SMによるものと比較して重篤な損傷を示した. この損傷は内外リンパのα- グロブリンの範囲の新沈澱線の出現で恐らく関係づけられる. これはSMによるものでは観察され得なかつた.<BR>先月, われわれの研究班でモルモットを用い, 塩基性SM抗生剤の耳中毒性が明らかに非常に低下したものをみつけることが出来たが, その臨床的解明までにはなお広汎な検索が必要である.<BR>以上われわれが1954年以来行なつて来た蝸牛の蛋白およびリボ核酸代謝の検索の概要を述べた. この代謝は, 生理的条件下では, 非常に活動的であり, 種々の刺激により, 活動力の増加, 更には減少が証明された. この減少は, その時の重篤な細胞変化によるものであろう. 形態学的所見からのみでは各々の機能状態を云々することは不可能であるが, それは内耳リンパの蛋白成分に関する検索を行なつて, その形態学的所見を完全なものにし, 更に生化学的方法や, 電気生理学的方法との相関々係によつて明らかになることを示した.
- 耳鼻と臨床会の論文