聴覚研究における動物の使用
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概要
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動物における聴覚障害の研究は一つの大きな目標を持つている. それは聴力検査や電気生理的指標を用いて, 聴覚機能に対する傷害を決定する事である. 人間により行なう事の出来ない様な方法で病理組織学的なデータが得られるのであるから, 臨床的にも大きな価値を持つている. それによって実際に患者を観察する事によって立てた仮説を実証する事が出来る. 又日常の診断の過程では得られない聴覚機能の新知見が得られるであろうし, 期待しなかった様な例外も発見出来るかも知れない. 私はこ~で末梢性損傷に関する知見をもう一度見なおしてみたいと思う.<BR>末梢性損傷の影響を見るよい方法の一つに, 神経細胞活動の電気生理的記録法がある. Fig. 1に正常な動物の蝸牛反応の入出力曲線を示す. 注目しなければならないのは直線部分で, 刺激が大きくなるにつれて蝸牛反応も大きくなる. しかし最大に達し, それを過ぎると直線性を失なう. 更に蝸牛反応最大値は周波数によつて異なる. Fig. 1の点線で示した曲線は, 動物に永久的な聴力損失をもたらす刺激を与えた際の蝸牛反応で, 二つの変化が認められる. 第1に蝸牛反応の最大値の低下と第2に高周波数領域での直線部分の右偏位である. 直線部分が本質的に互いに平行的に保たれているのに, 蝸牛反応の大きさののび率が増加しないのは興味がある. レクルートメントのある患者に見られる音の大きさの異常に急激なのびは, 蝸牛反応曲線における傾斜の増加に現われているのではないと思われる. 勿論, 蝸牛反応は損傷された耳の機能をほんの一部しか現わしていない. 蝸牛反応と聴検で得られたデータとの間に有意な関係を見つけたいのであるが, 残念ながら同一の動物でそれを得る事は極めて困難である. 何故ならば, 長期間電極を挿入しておく事は正円窓に近い所を除いては困難だからである.<BR>Simmons and Beattyの研究によると, 強い音響負荷により永久的な損傷を与えた動物では正円窓から得た蝸牛反応はそこから数ミリメートル離れた部位の病変しか表わしていない事が明らかになつている. その結果, 聴力検査で得た聴力損失と蝸牛反応の損失の間の相関々係は16, 000サイクル以下では極めて弱いものとなる.<BR>障害された部位に分離電極を挿入して蝸牛の損傷を詳しく測定する方法もあるが, 今迄にそれと聴力検査のデーターを一緒に出した人はない.<BR>末梢障害の研究には三つの一般的な考えがある. 第一は, 普通聴力検査で得たオージオグラムはコルチ器損傷の極めて優れた指標となる. 第二に, 神経のみを損傷した際はオージオグラムには限られた変化として現われる. 第三に, 純音弁別閾値は末梢の損傷をそのま~反映するものではないという事である. もう少し深く考えて見ると, 蝸牛障害と聴検結果は極めてよく一致する. 基底膜上で最大の反応を示す点と, 10g目盛りで表わした周波数とはよく一致する. 即ち周波数のオクターブ変化は基底膜上の一定の距離で移動している. 第8神経の蝸牛の部分を切断してもそれが不完全であれば, 神経節細胞の消失と聴覚閾値は殆んど関係がない. Fig. 7は螺旋神経節細胞の35~100%が消失した猫のオージオグラムであるが正常である. この事から純音シグナルを感じ得るには, ほんの数本の神経エレメントがあればよいと推定される.<BR>神経線維がある長さで完全になくなれば勿論閾値は影響を受ける. 然しそれがある限られた範囲であれば, 可成りひどい損傷でも聴力損失を伴わない場合があり得る. 以上の事から次の二つの解釈が成り立つ. 第1 に単一のシグナルを感知するのに必要とされる以上の, 多数の役に立つ神経線維が存在する. 第二にシグナルの感知は残つている神経線維群の活性度の変化にもとつくものである. 臨床経験上でも神経損傷を受けた患者が正常オージオグラムを示す例がある.<BR>内耳の病的な状態は, 純音オージオグラムよりも弁別検査によつてはつきりするものであるから, 我々は猫を使つて一連の聴覚弁別能の研究を行なつた. しかしこの種の実験には非常な時間を費すし, 逃避条件反応法を用いた猫は非常に神経質になり, それ以後の実験が出来なくなる. そのため, 別のグループの猫を準備して行つた結果がFig. 8と9に示されている. 蝸牛に可成り重篤な病変があつても周波数と強さの弁別には異常なかつた. これは純音弁別検査でも不充分であつて, 臨床で用いる語音聴力検査の様なものを考案しなければならない. 更にもつと多量の情報を提供して臭れる様な高等な動物を使う必要が生じて来る. 我々は現在, 猿を用いて実験を行なつているが, これは未解決な聴力障害のよき指標となるものと期待される.
- 耳鼻と臨床会の論文