蝸牛感覚細胞の初期変性過程に関する位相差顕微鏡的観察
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概要
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(研究目的および方法) 内耳性難聴の病態の一つとして代表的な蝸牛感覚細胞傷害について, その最も初期に現われる変化を形態学的に, おもに位相差顕微鏡を使用して観察し, この種の病態をひき起す病因として周知の音響負荷や聴器毒による感覚細胞病変の成立機転を明らかにすることを目的として本研究を実施した. 実験動物にはモルモットを用い, 負荷音響としては, それぞれ1000, 2000, 4000, 6000, 8000Hzの純音を, また聴器毒としては, dihydrostreptomycin, neomycin, nitrominなどを使用した. 標本の作製, 観察には, 原則としてEngströmらの記載したsurface preparation techniqueを応用したが, えられたsurface specimenのよりよい組織保存をはかるため, 実験方法に埋し, 多少の改良を加えた. surface specimenとして位相差顕微鏡で観察された標本はそのままeponに包薄切して, radial sectionとしての観察もあわせ行なった.<BR>(結果) 1) 音響を負荷された動物の, ラセン器感覚細胞における最も初期の形態的変化は, 1000Hzおよび2000Hzの純音を負荷した場合, それぞれの純音に対する蝸牛基底膜の最大振巾部位を中心とするある限られた範囲の外有毛細胞第3列目の聴毛に現われる不整な配列の乱れであり, この現象はこれら純音の音圧が100dB負荷時間が5分という比較的軽い負荷条件でも明らかに観察される. しかもこのような条件下での聴毛の変化は可逆的であり, また感覚細胞胞体にはとくに形態的変化は現われない. さらに強い純音の負荷条件では, 聴毛の配列の乱れは第2列, さらには第1列の外有毛細胞にも認められるようになるが, 同時にその胞体にも変性所見が現われてくる. このような胞体に先立って, 音響による聴毛の配列の変化は, その範囲が基底膜の最大振巾部位付近に限局するところからも, おそらく音響によるラセン器のshearing motionによってひき起されたものと推察される.<BR>2) 聴器毒の投与や過大な音響負荷による蝸牛感覚細胞胞体に現われる傷害過程を観察すると, 感覚細胞の消失にいたるまでの経過にある一定の変性patternが成立し, この所見はラセン器のsurface specimenから, 蓋板の表面に現われる形態的変化として明らかに観察されるだけでなく, この移行patternを第I型から第IV型まで分類することができる. このような所見は, 単独の感覚細胞胞体の変性過程に関する限り, 音響負荷, 聴器毒投与のいずれの場合でも同様の経過をたどり, 病変はまず蓋板下部に初発し, 次いで胞体の他の部分と核におよび, 最後に蓋板が消失するという順序で進行する. このような変性patternを, 蓋板表面から観察すると, 感覚細胞胞体に変性萎縮がはじまると, 周囲の支持組織が膨化してこれを補填してゆき, 蓋板が最後に消失する際には支持組織によって完全に置換されているという, reticular laminaを保つための巧妙な修復機転が支持組織により行なわれているものと解釈される.
- 社団法人 日本耳鼻咽喉科学会の論文