蝸牛管における膜 ATPase の分布に関する研究 : とくにその光顕的証明法の検討
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概要
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(研究目的) 生体膜におけるいわゆる active transport に直接関与し, 電解質代謝に重要な役割をもつとされる膜 ATPase の蝸牛管における活性分布を組織化学的に明らかにし, 本酵素の内耳蝸牛管における分布の機能的意義を論議することを最終目的として本研究は企図されたが, 従来からその前提条件ともいうべき ATPase の組織化学的証明法には数々の技術的な問題点があるので, 著者はまず, その方法論的な本酵素の証明法に根本的な再検討を加え, とくに非特異反応の分析とその除外に重点をおいて実験を行ない, 内耳蝸牛管におけるより再現性の高い研究方法を見出すことを当初の目標とし, ひいては蝸牛管におけるより正確な本酵索の分布状況を明らかにするべく本研究に着手した.(研究方法) 実験材料には正常モルモットが用いられた. 実験方法としては, 本酵素証明法でもつとも問題となる非特異反応の分析とその除外を研究目的の一つとしているために, 蝸牛標本としては, 無固定標本, 固定標本あるいは surface specimen, radial section など, いろいろな組合せの標本作製法を採用した. また, ATPase 活性を組織化学的に証明する方法としては, Wachstein & Meisel の開発したlead sulfide 法と, Padykula & Herman の見出した Calcium-Cobalt 法に ほぼ準拠して行なつた.(結果) 1) 膜 ATPase を, 酵素組織化学的に証明する際にもつとも注意を要する非特異反応は, (1)非酵素的非特異反応としては, Wachstein-Meisel, Padykula-Herman のいずれの基質液においても, その基質液に介在する金属 ion によるATPの非酵素的水解による燐酸塩の形成がみられることと, これら非特異的反応産物が, 蝸牛管のうちでも, ラセン縁, 柱細胞頭部, 網状膜などに特異的に吸着しやすい傾向がみられることであり, (2)酵素的特異反応としては, 組織化学的に反応すべきものが出現しない erratic negative reaction が, 内ラセン溝や tunnel 腔などに起りやすいことであり, とくに(1)に属する非特異反応は, minimum にはできるけれども完全に除外することは不可能に近い。2) 以上の非特異反応を除外または最小限に止めるために, 著者は蝸牛組織を冷中性 formol-calcium 液18時間固定→EDTAによる脱灰→厚い凍結切片 (100μ) 作製→基質液浸漬→aceto による再固定と脱水→epon 包埋→glass knife による薄切切片 (1〜3μ) 作製→鏡検という実験方法を考案し, ほぼ満足すべき光顕 level での観察成績がえられた.3) 以上の切片作製により, 蝸牛管における膜 ATPase の活性分布は, 蝸牛管の内リンパに直接面している膜面, すなわちラセン器網状膜, ラセン縁, 血管条辺縁細胞膜, Reissner 膜の内リンパ面など, また tunnel 腔内面や外ラセン神経束附近, 内ラセン溝などにも中等度の陽性所見がみられたが, 外有毛細胞の Cortilymph に面する細胞膜はまったく陰性で, 蝸牛管内の細胞膜の自由面で陰性所見を示す唯一の部位であり, この部位の外有毛細胞膜は, 生化学的な膜透過性の面でかなり特異な性質をもつものと推定された.
- 社団法人 日本耳鼻咽喉科学会の論文