全国の牛の放牧場の衛生対策と疾病調査結果
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概要
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動物衛生研究所が2000年に行った牛の放牧場の全国調査では,対象となった放牧場(n=701)の基礎的なデータ,環境要因,飼養管理要因,衛生対策,放牧牛の生産性と疾病の発生状況などの情報について,地域別に取りまとめた(牛の放牧場の全国実態調査(2000年)報告書)。この調査を引き継ぎ,2003年に全国の放牧場の小型ピロプラズマ病とダニの分布と被害,放牧場で用いている薬剤や問題となっている疾病についての実態調査を行ったので,その結果を報告する。2003年5月に,2000年の調査対象となった放牧場すべてに調査協力の依頼書を送付し,放牧場からの返信数が250,うち当調査に協力できると回答した放牧場数が128となった。これらの放牧場にアンケート用紙を送付し,放牧病として問題となっている小型ピロプラズマ病や,この疾病を媒介するダニの被害の程度,さらに放牧牛に使用している薬剤などについて調査を行った。また放牧場で問題となっている他の疾病の発生状況を調べるため,アンケート内に放牧病のリストを作成し,各放牧場にて問題となっている疾病を肉用牛と乳用牛別に集計した。また,ダニ採取道具(ピンセット,容器,ダニ採取方法の説明書)も同封し,牛体からのダニの収集と送付を依頼した。アンケート用紙を送付した放牧場のうち,北海道から鹿児島までの28の道府県の104の放牧場から,記入されたアンケートを回収した。このうち,乳用牛を有する放牧場数は56,肉用牛を有する放牧場数は75,乳用牛と肉用牛の両方を有する放牧場数は27であった。アンケート結果を集計したところ,小型ピロプラズマ病の被害は表1,ダニの発生状況は表2となった。放牧牛に対して薬剤を用いていたのは98放牧場で,各薬剤を使用している放牧場数は,フルメトリン(n=82),イベルメクチン(n=32),モキシデキチン(n=17),ペルメトリン(n=11)などの外部・内部寄生虫対策薬がほとんどで,牛体に直接塗布するタイプが多かった。乳牛で問題となる疾病として記入した放牧場数は,繁殖障害(n=24),趾間腐爛・蹄炎(n=23),下痢(n=21),コクシジウム症(n=15),伝染性角結膜炎(n=13),外傷(n=12),跛行・起立不能(n=11)の順で多かった。肉牛で問題となる疾病として記入した放牧場数は,下痢(n=26),繁殖障害(n=19),趾間腐爛・蹄炎(n=16),真菌症(n=16),コクシジウム症(n=15),捻挫・打撲・関節炎(n=13),外傷(n=12)の順で多かった。調査対象となった放牧場のうち,60の放牧場から約800匹のダニが送付された。収集されたダニはフタトゲチマダニ(小型ピロプラズマ病を媒介するダニ)が全体の約8割を占め,以下ヤマトマダニ,シュルツェマダニなどが多く収集された。これらの種を地域別に比較したところ,フタトゲチマダニは中国・四国・九州など南の地域から多く収集されたのに対し,ヤマトマダニ,シュルツェマダニは中部以北の北の地域から多く収集された(Experimental and Applied Acarology 38 : 67-74, 2006)。これらの調査の結果,小型ピロプラズマ病の被害がある放牧場は全体の約5割で,また当病を媒介するダニの問題が少しでもある放牧場は全体の約8割にも及び,それらの結果多くの放牧場にてフルメトリンなどの殺ダニ剤の使用を余儀なくされている実態が明らかになった。これらの状況に加えて,2005年3月に小型ピロプラズマ病の専用の抗原虫薬であるアミノキノリン製剤の製造が中止されたことから,放牧場における小型ピロプラズマ病の治療に制限がかかることになった。また近年の放牧地におけるシカ等の野生動物の増加や,温暖化による媒介ダニの生息域の変動により,放牧場における小型ピロプラズマ病による被害が今後増大する可能性が懸念されている。これらの事態を受け,農林水産省の研究事業として2007年より「小型ピロプラズマ病リスク低減のための飼養管理技術の開発」が立ち上がり,動物衛生研究所が中心となって各種の研究を行っている。その中の疫学研究として,小型ピロプラズマ病の発生状況,ダニの生息状況とシカ等野生動物の出現状況の実態解明,放牧場で行われている各種対策の現状を把握し,小型ピロプラズマ病の発生リスク要因を抽出する全国調査が計画されている。
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