アーカイヴへの不満 : アフリカ系アメリカ人ムスリムにおけるアイデンティティをめぐる闘争(<特集>アイデンティティと帰属をめぐるアポリア-理論・継承・歴史)
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概要
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本論は第一に、あるアフリカ系アメリカ人ムスリム男性の不満に関する民族誌的な報告である。彼の語りに焦点を当てながら、それをより広く、アフリカ系アメリカ人ムスリムの組織のひとつであるネイション・オブ・イスラームのリーダーたちの発言とかかわらせ、対比する。彼の不満は、しばしば強い感情をともない、人種主義のレトリックを駆使し、時には暴力的にさえ響く言語で発せられる。こうした語りは、ネイション・オブ・イスラームのレトリックにも見いだすことができるが、これまでのアフリカ系アメリカ人ムスリムの研究においては、それは国内の人種関係の力学との関連で捉えられてきた。だが長期にわたって丹念にその語りに耳を傾けると、彼は、白人やアメリカだけでなく、黒人やムスリムに対しても強い言語で不満を述べており、不満を単純に人種関係の力学(白人対黒人)だけで捉えきれないことがわかる。それではこうした社会的アイデンティティにかかわる不満を、どのように捉えられるだろうか。本論ではそれを、アフリカ系アメリカ人が自らの歴史をつくり直そうとする際に直面する困難として捉え、不満の表出をエピソードのかたちで描写した上で解釈する。エピソードから明らかになるのは、不満が起源や歴史記述の問題にかかわっているということである。そしてその全体を取り囲むようにアーカイヴの存在がある。その意味で本論の第二の課題は、アフリカ系アメリカ人ムスリムの社会的アイデンティティや歴史の構築におけるアーカイヴの位置を明らかにすることである。アーカイヴを、文書のみに限らず共有を志向するもの全般と捉え、記憶とともに忘却の装置であると考えた場合、このアフリカ系アメリカ人ムスリムの男性の不満やネイション・オブ・イスラームの語りはなにを教えてくれるだろうか。
- 2013-09-30