唯識思想の萌芽に関する諸問題 : 『成業論』を中心として
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概要
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大乗唯識思想が発展する以前,説一切有部(以下,有部)は心心所諸法の重要性は示してはいたものの,あまねく諸法の実有を説いたことによって,究極的には唯心を掲げていたことはなかった.すなわち有部が唯心を説かずに根・境の客観的実在性を説いたことは,サンガバドラの『順正理論』に示されているとおりである.従来,有部の教理を纏めた『倶舎論』において,その著者世親(A.D.400-480)は有部の諸法実在説を暗に批難しながらも根・境の非実在性を主張し,『倶舎論』以後の著作となる『成業論』において阿頼耶識が説かれたことによって唯識思想への変遷がなされたものと考えられていた.一方で,唯識思想の成立は伝統的に,『解深密経』の「分別瑜伽品」において初めてvijnapti-matraが説かれ,かの経が唯識の創唱者であるとされていた.しかしながら,実際にどのような成立過程を経て後期の世親の唯識思想が構築されていったのかを今一度順序だてて整理したい.本論考では,膨大に先行研究の為されている伝統的な唯識思想の成立についての諸説を整理し,年代を追って,世親個人が有部の教理から唯識思想へ変革した転機を『成業論』を中心として考察した.そこから見出だされたものとは,『成業論』における阿頼耶識説の唯識思想的なあり方ではなく,『倶舎論』において未だ未完成であった相続問題の解決へ向けた思想であったものと考えられる.
- 2013-03-25