東アフリカ沿岸部における「新しい」伝統医学 : ザンジバルにおける預言者の医学の実践
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概要
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本論文の目的は、東アフリカ沿岸部における「預言者の医学」の知と実践の変遷について考察することである。「預言者の医学」とは、クルアーンとハディース、および預言者ムハンマドの生きた時代の治療実践に基づく医学である。ザンジバル(タンザニア)には、「ウガンガ」と「スンナの医学」と呼ばれる2種類の預言者の医学が存在する。ウガンガとは、アラビア語のテキストや、代々受け継がれてきた様々な知識に基づく医学である。それに対し、スンナの医学とは、実践者たちがクルアーンとハディースに基づくと考える要素のみを採用した医学である。本稿では、1990年代以降盛んに実践され始めたスンナの医学に焦点を当てる。スンナの医学の実践者たちは、クルアーンとハディースを忠実に解釈する「アンサール・スンナ」という思想に基づき、治療活動を実施している。この思想は、1970年代以降、アラブ諸国からザンジバルに招聘されたイスラーム学の教師や、アラブ諸国の大学でイスラーム学を修めて帰島した留学生たちによってもたらされた。彼らの思想が次第に人々に受け入れられていく中、ウガンガの活動は、非イスラーム的で迷信的であるとして非難の対象となっていった。そこで、ウガンガに取って代わる医学が必要であると考えたアンサール・スンナの支持者たちは、ウガンガを改革し、新しい治療法としてスンナの医学を実践し始めたのである。スンナの医学が今日、盛んに実践されている理由としては、次の4点があげられる。第1に、スンナの医学は、クルアーンとハディースの記述に基づく「正しい」イスラーム実践である、と人々に認識されているため、第2に、病を患ったときだけでなく、日常生活の中でスンナの医学を実践することが推奨されているため、第3に、スンナの医学を扱う媒体が充実しており、人々がスワヒリ語で容易に情報を得ることができるため、第4に、スンナの医学を学んだ者なら誰でも治療者となり得るためである。スンナの医学は、現在のイスラーム復興の潮流に適合し、広く人々の支持を獲得するに至ったのである。
- 2013-01-05