亡命と「非-場所」 : エミール・オリヴィエの小説『パッサージュ』を中心に
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概要
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ハイチ系ケベック作家エミール・オリヴィエ(1940-2002)は,亡命者・移民の苦悩と,その批判的位置としての可能性を,文学制作を介して考え続けた.本稿では小説第3作『パッサージュ』を分析対象とし,以下の2つの問いを検討した.頻出する「帰属場所・意識の喪失状態」という意味での「非-場所」,その解消へと向けた試みは,いかなる内容と語りの構造によって,描かれるか?また非-場所の物語化に,いかなる理論的価値を読み取りうるか?まず第1章では,物語の舞台となるハイチ,モントリオール,マイアミ,各々の記述方法を分析した.結果,内容における非-場所は,2つの閉鎖的な「島嶼空間」(ハイチ,モントリオール)からの脱出に起因することを解明した.さらに,未決定の空間である「半島空間」(マイアミ)への移動,そこでの関係性の創出が,非-場所の状況への処方箋として機能していることを論じた.続く第2章では,主たる語り手のプロンプターという役割,2分割された物語が「接点としての物語」を介して接続する点,以上2つの特徴を分析した.これらの分析から,本作では,物語内容において描かれた「接点としての半島空間」が,非-場所を物語化するための語りの戦略でもあることを論じた.最終章では,より理論的な観点から,亡命者・移民が選択せざるを得ないアイデンティティ把握の方法を抽出した.オリヴィエが小説『パッサージュ』を介して示唆するのは,「深さ/根/唯一の本質」を基盤としたアイデンティティではない.むしろ,そのような認識方法の失敗を介し,彼は「広がり/道/接点を介し関係する諸本質」を基盤としたそれを提示していると指摘した.つまり,オリヴィエにとって非-場所の物語化とは,植民地支配以後の状況において,アイデンティティ概念の可能性の中心を浮き彫りにする一つの戦略的選択だったのである.
- 2011-05-25
著者
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