低エネルギー光子に対する線量評価の研究
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概要
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近年、放射光の利用を目的としたシンクロトロン加速器や自由電子レーザー施設が国内外で増加しつつある。それらは、数十kev以下の低いエネルギーをもつ光子でありながら、通常のX線発生装置より数桁大きい強度をもち、指向性が非常に優れている点で、従来の放射線にはなかった特徴を有する。このため、作業従事者に対する放射線防護上、アンジオグラフィー(冠状動脈撮像法)をはじめとする医療利用上、あるいは窓材、モノクロメータなど材料における熱負荷上、低エネルギー光子に対する精度よい線量評価が重要になってきた。このような観点から、本研究では、低エネルギー光子に対する線量評価に必要な理論の検証および線量計の応答特性測定を行い、さらにそれらを線量測定に実際に応用することにより、線量の評価技術を向上させた。まず、媒質中における線量計の応答を定量的に評価する理論である空洞理論は、光子の線量測定の基本となる。そのため、X線発生装置からの30〜200keVX線を用いてテフロン、アルミニウム、銅、金媒質中の熱蛍光線量計(TLD)応答を測定し、空洞理論値との比較を行った。その結果、テフロン、アルミニウム、銅の場合には15%以内で両者は一致したにもかかわらず、金の場合には48%ほど異なった。そこで、光子・電子モンテカルロ輸送計算コードITSを用いてシミュレーションを行い、金の場合はTLD線量に対するその2次電子の寄与が大きいため、応答値が加重係数の精度に大きく影響されること、つまり、空洞が"大きい"が小さい"かの基準は、一般に考えられているように媒質中で発生した電子フルーエンスのTLD中における減衰の程度にあるのではなく、TLD線量に及ぼす影響の度合いにあることを明らかにした。さらに、低エネルギー領域では媒質から発生する2次電子はTLD中ですべて吸収される点に着目し、エネルギー透過、反射係数を用いて線量計の応答値を計算する方法を提案し、金の場合も含めて実験値と十分に一致することを示した。次に、強度の大きな放射光に対するモニタリング技術を確立するため、その絶対強度を補正なしに測定できる全吸収型マイクロ熱量計を開発し、平行平板自由空気電離箱の値と比較を行った。その結果、±3%以内で両者の値が一致することを確認し、モニターとしての同電離箱の精度を評価した。さらに、TLDの基本データであるグロー曲線(温度-蛍光量曲線)を測定するため、±2%の精度で0.5〜5℃/sの直線加熱を行うTLDリーダーを開発した。このリーダーを用いて、TLDの低エネルギー領域における応答特性を測定するため、放射光からの10〜40kev単一エネルギー光子をフッ化リチウム、ホウ酸リチウム、酸化ベリリウムおよび硫酸カルシウムTLDに照射し、そのグロー曲線の面積を積分することにより、エネルギー、線量応答値を得た。その結果、エネルギー応答測定値は空洞理論値と一致せず、フッ化リチウムで6%、酸化ベリリウムで70%、硫酸カルシウムで8〜24%測定値の方が大きく、また、ホウ酸リチウムでは8〜20%測定値の方が小さくなることがわかった。また、直線領域が光子エネルギーに依存することを明らかにし、硫酸カルシウムでは^<60>Coγ線に対して0.5Gyまで、40keVX線に対しては1Gyまで直線性が広がり、ホウ酸リチウムでは^<60>Coγ線に対して650Gyまである直線性が、10keVX線に対しては300Gyまでしか観察されなかった。他方、フッ化リチウム、酸化ベリリウムは、光子エネルギ一にかかわらず、それぞれ5Gy、2.6Gyまで直線性を示した。これらのエネルギー、線量応答値は、TLDを低エネルギー領域に応用する際に利用される。なお、ホウ酸リチウム以外は、直線領域以上で線量応答が増大するsupralinearity (超直線性)を示し、その最大値は、^<60>Coγ線、30keV、10keVX線と光子エネルギーが低くなるほど小さい値を示した。そこで、光子に対するLET計算により、光子エネルギーが小さいほどLETは大きくなることを定量的に示し、supralinearityの光子エネルギー依存性あるいはエネルギー応答と空洞理論値との不一致は、LETの影響によることを示唆した。次に、この応答特性を測定したフッ化リチウム、ホウ酸リチウムTLDを用いて、放射光からの10、30keV単一エネルギー光子を人体軟組織等価な30cm角の立方体均質ファントムに照射し、内部の吸収線量分布を測定した。偏光の影響により、ビーム輔周辺部において最大3.5倍の方位角依存性が得られるなど、放射光被曝時の線量分布を明らかにした。さらに、その測定値と、コンプトン散乱における電子束縛効果および直線偏光を取り扱えるよう改良された光子・電子モンテカルロ輸送計算コードEGS4の計算値を比較してその一致を確認し、低エネルギー領域における同コードおよび用いた光子断面積PHOTXの線量計算に対する精度を評価した。さらに、同コードを用いて、ICRU 4、10元素平板ファントム内の0.07mm、10mm深さ線量と、ICRP Publication 60により皮膚の確率的影響の評価深さとして報告された0.02-0.10mm深さ線量を、1.5〜50keV光子に対して計算した。その結果、0.07mm、0.02-0.10mm深さ線量は、3〜4keV付近で最大値をとりそれ以下では光子減衰により線量が減少すること、球体系の計算値との比較により体系は計算の簡便な平板で十分なこと、さらには、10kev以下では0.02-0.10mm深さ線量が10mm深さ線量の代わりに、ICRP Publication 60で定義された実効線量の実際的な指標として適当であることを明らかにした。これらの研究成果から、低エネルギー光子に対する空洞理論の適用方法およびTLD線量計の応答特性が明らかになり、線量評価の技術が発展し、その精度が向上した。また、10kev以下の線量換算係数が整備され、低エネルギー光子に対する放射線防護の考え方に指針が与えられた。
- 1998-03-11
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