シイモグリチビガの胚発生とその系統学的意義(鱗翅目:モグリチビガ科)
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概要
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近年,コバネガ,スイコバネガ,およびコウモリガなどのいわゆる原始的な蛾類の胚発生が明らかにされるにつれ,これらの蛾類と胚発生のよく知られている二門類との系統関係が,発生学的にも論じられるようになった.しかし,モグリチビガ科の属するいわゆる単門類(Monotrysia)の胚発生についてはまとまった報告はない.本報では,この科に属するシイモグリチビガStigmella castanopsiellaの胚発生の概要を生卵および固定卵の観察に基づき記載した.本種の卵は5月に食樹のスダジイの葉の表面に1個づつ産下される.卵は長径0.4mm,短径0.3mm,厚さ0.06mmの平たい楕円体で,発生が進むにつれて,厚さのみが0.1mmに増大する.卵期間は約4.5ヶ月で,卵は夏の胚休眠を経て10月に孵化する.胚盤葉は産卵後3日目に完成し,5日目に卵腹面に胚盤が形成される(Fig.1).胚盤はやがて卵腹面の中央部に集中し円盤状の胚原基となるが,この際,胚原基と胚外域との境界部が切れて,後者が前者の腹面を覆うように伸展して漿膜がまず完成し,羊膜はこれとは独立に形成されることが示唆された(Figs 2,3).その後,胚原基は細長い小さな胚帯(胚)となり,この状態で9月初旬まで休眠に入る(Figs 4,5).休眠から覚めた胚は卵黄中に沈んだ状態で急速に成長し,胚の姿勢転換を経て初令幼虫が完成する(Figs 6-11).漿膜と羊膜は姿勢転換後も破れず存在し,したがって二次背器は形成されない.また,卵黄は姿勢転換後も胚の外側に残存し,これは完成した初令幼虫によって孵化するまでに中腸内に飲み込まれる.本種の卵は,小さな胚原基が形成される点や卵の体積が増大する点で原始的な性質を残しているが,胚発生の様式は全体としてコバネガやコウモリがなどの原始的な蛾の発生様式よりも二門類のそれに近似している.とりわけ,胚原基と胚子膜の形成様式が二門類に特有とされた断層型に属すると思われる点や,孵化直前まで胚が卵黄中に沈んだ状態で発生する点は,本種と二門類の発生における固有特化形質と見なすことが出来る.したがって,今回得られた発生学的知見は,本種を含むいわゆる単門類と二門類が単系統群のHeteroneuraを構成するという見解と矛盾しない.
- 1996-09-05