卜辞に見える咸戊と咸
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概要
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卜辞にあらわれる「咸戊」と「咸」という神格が、羅振玉以来、『尚書』君〓、『白虎通』姓名篇などに見える殷の質臣「巫咸」であろうことについては、陳夢家を除いては、異説を見ないようである。「巫咸」は、いにしえの賢臣あるいは神巫として『史記』殷本紀、『周礼』、『楚辞』離騒、『山海経』などに見え、又詛楚文にも「大神巫咸」として散見する。ところで「咸戊」等に関する今日までの研究は、文献上の「巫咸」と卜辞上の「咸戊」・「咸」との間を関係づけることにのみ費やされてきた趣がある。又、字形上より言えば、「咸(〓)」と「咸(〓)」の違いも閑却される傾向であった。この小論においては、卜辞に見える「咸戊」・「咸」と、文献上の「巫咸」との関係を考察することより、まず卜辞の「咸戊」と「咸」がどのような性格を有する神格であったのかを検討し、進んでそれから派生する幾つかの問題点に及びたい。その場合、「咸」と「成」と厳しく弁別しなければならないことは、言うまでもない。以下、「咸戊」と「咸」の卜辞例のうち、辞意の比較的知りうるものを列挙し、検討して行きたい。