新株発行無効訴訟の実態
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概要
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はじめに 新株発行の瑕疵のうち、たとえば株式の超過発行、定款の定めのない種類の株式の発行、額面株式の額面未満発行、株主に新株引受権の与えられている場合のこれを無視した株式発行などが無効原因となることについてはほとんど争いがない。しかし、著しく不公正な方法による発行、取締役会決議を欠く発行、株主総会の特別決議を欠く有利発行、商法二八〇条ノ三ノ二所定の新株発行事項の公示を欠く発行、新株発行差止めの仮処分に違反する発行については、無効原因となるか否かが学説上争われてきた。この争いの論点は多岐にわたるが、おもな価値判断の分かれ目は、次のようなところにあるものと思われる。「著しく不公正な方法による新株発行」については、取引の安全をどの程度図る必要があるのか、新株発行は社団法上の行為か業務執行行為か、割当自由の原則には限界はあるのか、また、「取締役会決議を欠く発行」および「株主総会の特別決議を欠く有利発行」については、取引の安全をどの程度図る必要があるのか、新株発行は社団法上の行為か業務執行行為か、さらに「商法二八〇条ノ三ノ二所定の新株発行事項の公示を欠く発行」および「新株発行差止めの仮処分に違反する発行」については、取引の安全をどの程度図る必要があるのか、規定の規範性をどの程度重視するのか、である。これらの価値判断をいかに行うかにより、有効説無効説に分かれ、さらに、これらの価値判断に重複して、新株発行の一体性を重視しない立場や現実との接点を求め具体的妥当性を得ようとする立場がある。他方、最高裁はいくつかの判決により近時その態度を明らかにしつつある。現在のところ、最高裁の態度については次のように考えられている。すなわち、最高裁は、「一旦新株が発行された以上、会社債権者を含む取引の安全のためできるだけ無効原因を限定して考える一方、既存株主の保護はもっばら事前の救済手段である新株発行差止請求権に委ねるわけである。したがって、この既存株主の保護のための唯一認められた手段ともいうべき新株発行差止請求権を実効あらしめることが新株発行法制の解釈運用においては重要であり、とくに新株発行差止仮処分に違反した場合」や新株発行事項の公示を怠った場合は、無効原因とせざるをえないと考えるのである。以上の結果、著しく不公正な方法による発行、取締役会決議を欠く発行および株主総会の特別決議を欠く有利発行については取引の安全を優先すべきであり、無効原因とはされていない。最高裁は上述のように新株発行差止制度を既存株主保護の唯一の制度と位置付け、新株発行過程の瑕疵については株主の新株発行差止権やその請求権が侵害されたか否かで、新株発行無効原因となるか否かを判断しているように思われる。しかし、現行の新株発行差止制度が既存株主の利益保護に耐える十分な制度であるか否かについては疑問があり、最高裁の立場では保護されない既存株主も存在するように思われる。本稿では、新株発行の際の既存株主の保護のために無効原因に関する解釈を今一度整理する前提として、現実の訴訟において、いかなる争いに対していかなる結論が下されたのか、その実例を以下に順次示すことにする。なお、訴訟の実態を比較するために、以下に掲げる事案につき、判決文から得られる情報を分析・整理し、それぞれにコメントを付することにする。
- 山形大学の論文
- 2000-05-25