魯庵による『罪と罰』初訳と新訳の比較(<特集>文学の翻訳)
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概要
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明治の小説家が苦心しながら口語文で小説を書き始め、日本の近代文学が本格的に幕開けしてまもなくの頃、内田魯庵(不知庵主人)がドストエフスキイ『罪と罰』(原作一八六六年)の、前半だけであるが、栄誉ある最初の邦訳者になっている(ただし、英訳からの重訳。原作は全六編およびエピローグから成るが、魯庵の訳したのは第三編までで、頁数でほぼ半分に相当。この前半をさらに『巻之一』明治二五年一一月、『巻之二』明治二六年二月の二巻に分けて、いずれも内田老鶴圃から刊行)。尾崎紅葉からこの小説のことを聞いて丸善で購入した本を読み始めるや、「力ある大きな手で精神の全体を掻きまはされるやうな」衝撃を受けた、という回想文を残している。魯庵の言葉は、この小説を読んだ多くの読者の感想を代弁しているが、魯庵のこの小説に対する思い入れを如実に表わしているのは、二一年後の大正二年七月に同じ前半部の全面的改訳を出版していることだ(丸善から出版)。魯庵以来、『罪と罰』の邦訳者は一三人出ており(重訳、共訳を含む)、改版などの過程で一定の改訳を施した者はいるが、魯庵ほど全面的に改変した新訳を世に問うた者は他にいない。本稿では、魯庵のこの新訳への改変について考えてみたい。