失われる記憶、もしくは隠された記憶 : 三島由紀夫の豊饒の海(四)『天人五衰』の結末をめぐって
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概要
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本論では三島由紀夫の豊饒の海(四)『天人五衰』の結末を取り上げ、人間の記憶と忘却、夢と死に隠される生を論じる。果して、聡子は六十年前の記憶を本当に失ったのか、それとも故意に、胸の奥に隠蔽したのか。六十年という歳月の経過は、聡子を変えたのか変えていないのか。時は廻るのか廻らないのか。本多が行き着く先にあるのは、暗い運命の必然か、或いは聡子の悟りが開く「幸魂」に他ならないのか。Seidenstickerの英訳を押さえて、日本語と英語、それぞれの感情表現に潜む文化的な相違を読み取りながら、『天人五衰』の結末再考を本論の目的とする。