社会化メカニズムの分析枠組 : 準拠集団理論と同一視理論の検討(萩野源一先生退職記念)
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概要
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社会化の過程は,分析的に3つの側面を区別することができる。その第1は,周囲の人々や社会的規範が個人に影響を及ぼす面である。第2は,それらが個人の内に取り入れられる面である。そして第3は,結果として個人にその態度や行動が形成される面である。したがって,これに対応して社会化論は「社会化の要因」,「社会化の内的メカニズム」,「社会化の内容」の3つの研究領域を有し,人間の社会化を全体的に把握しようとするならば,それぞれの領域を併せた総合的分析が不可欠であるといえる。しかしながらこれまで,社会化の要因・内容の分析に比べ,メカニズムの分析はほとんどなされてこなかったといえる。現在のところ社会化のメカニズムとみなされているものには,「模倣」,「同一視」,「モデリング」等があるが,これらは元来,心理学における学習理論や精神分析学において研究されてきたものであった。これに対して社会学や社会心理学においては,態度や行動の形成・変容理論として「準拠集団理論」が存在したのであるが,準拠集団理論はこの領域では心理学的理論との間に研究交流がなされることがなかったために,主として心理学者であった社会化メカニズムの研究者から,これまで等閑視されてきた。しかし準拠集団理論も,心理学的理論ではうまく捉えきれない部分を補う有望な理論であるものと思われる。心理学的なメカニズムである模倣,同一視,モデリングについては,これらの概念の差異を主張するものから同義に扱おうとするものまで,様々な立場がある。しかし,それぞれの研究の背景を考えてみれば,同一視理論に比べて模倣やモデリングの理論は,社会化の内容のうち態度形成よりも行動獲得の問題に,より多く関心を示してきたといえる。そして,これら2つの社会化の内容のうち行動獲得の過程には,経験的な学習や訓練の影響・効果がより多く含まれている。それゆえ,態度形成と行動獲得のメカニズムは異なったものといえ,これらは区別して議論すべきであると思われる。社会学的なメカニズムの理論である準拠集団理論は態度形成の方を問題にしており,従来の心理学的メカニズムの理論のうちでは,模倣やモデリングの理論よりも同一視理論と重なりあう部分が多いと考えられる。そこで本稿では,社会化メカニズムの理論として準拠集団理論と同一視理論を取り上げ,両者の類似点や固有の分析領域について検討することにしたい。また,それに加えて,社会化メカニズム論への社会学的アプローチと心理学的アプローチの共通部分と相互の境界領域を明らかにしてみたい。準拠集団理論や同一視理論は,社会化のエイジェントが,(1)どのようにして個人の内面に取り入れられるのか,また,(2)態度の形成・変容に際してどのような影響を及ぼすか,を説明する。すなわちこれら2つの理論は,社会化メカニズムの理論として,(1)態度形成のロジックと,(2)その際に作用する社会化の機能についての説明,とを備えているのである。したがって本稿でも,2つの理論を,態度形成のロジックからみた場合と社会化機能からみた場合との両方から比較する必要があるものと思われる。そこで先ず第1節では,2つの理論が説明する社会化の機能について,検討することにしたい。準拠集団理論も同一視理論もその発展の過程で,説明の守備範囲を拡げてきている。それによって,準拠することと同一視することの意味も,拡張・洗練されてきたといえる。この節の前半では,準拠集団行動の結果として形成される態度と同一視行動の結果として形成される態度には,本来の意味においては違いがあったことを明らかにしたい。ここでは,2種類の具体的な社会化の問題を取り上げるが,それぞれの理論に従って考察した場合,2つの理論では社会化の機能に違いがあるため,同じ問題に対しても同様の仮説を導くことができないことを示すことにする。そしてこの節の後半では,2つの理論おける社会化の機能が,理論の発展の結果,互いにかなり接近してきたことを述べることにしたい。第2節では,2つの理論の態度形成のロジックについて検討する。ここでも第1節で異なった仮説が導かれた2つの具体的検討例を再度取り上げるが,準拠集団行動と同一視行動とが社会化の機能という点で接近したとしても,態度形成のロジックが異なっているため,同様の仮説はやはり導かれないことを示すことにしょう。そして第3節では,2つの理論の全体の分析枠組を比較・検討するとともに,社会学的アプローチと心理学的アプローチとの相違や,2つのアプローチの関係をどう捉えていくべきかについて,考察することにしたい。