クサントスのネレイドモニュメントの平面の設計法に関する一考察 : ヘレニズム期の墓の設計法に関する研究(2)
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概要
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1.はじめに ヘレニズム期の古代地中海世界では、豊富な建築形態を持つ墓が建設されるようになる。しかしながら、ヘレニズム期の墓の設計法に関する研究は、今のところ筆者が執筆した前稿以外にはない。そのため、このヘレニズム期の墓の豊富な建築形態が如何なる設計法や造形理念に基づいて造られたのかは全くわかっておらず、ヘレニズム期の墓の設計法や造形理念が古代地中海世界全体に共通するものであったのか、あるいは各地域毎に固有の特徴を持つものであったのかについても明らかにされていない。そこで、本研究では、古代地中海世界におけるヘレニズム期の墓の設計法のあり方や古代地中海世界の人々のヘレニズム期の墓に対する造型理念の解明にまで踏み込むことを想定しながら、まずは古代都市クサントスにあるネレイドモニュメントの設計法の分析を行うこととする。なお、クサントスのネレイドモニュメントは、現在報告されているヘレニズム期の墓の内では最古のものだと位置づけられている。2、研究方法 前述の通り、今のところヘレニズム期の墓の設計法に関する研究は殆どなく、ヘレニズム期の墓の設計法は正確にはわかっていない。そこで、本稿では、まずは堀内や林田、クールトンの提唱する古代ギリシアの神殿やストアで使われている設計法が、ヘレニズム期の墓にも適用されている可能性があるのか否かから検討を行うこととする。また、実際に当時建物が施工された時のことを考えれば、比例関係によって導き出された建物各部の寸法は、当時の「ものさし」、つまり「古代尺」によって表現されなければならない。よって、選出された比例関係と古代尺を用いて設計寸法を導き、設計寸法と実測寸法との誤差の大小を検討することで、選出された比例関係や設計過程の正当性を検証することとする。なお、既往研究に従って、古代尺の寸法は0.294〜0.330mの範囲内の何れかに該当すると仮定し、尺度の端数を表記する際には、端数の分母が「2、3、4、5、8、16」となるよう留意して分析を進めることとした。3、ネレイドモニュメントの概要 現在のネレイドモニュメントは、その上部構造の殆どが倒壊しており、ポディウムの一部だけしか残っていない。だが、本来上部構造を構成していた部材は、ボディウムから屋根部材に至るまで多数発見されている。また、それらの多くが大理石製であったため、調査を担当したクーペル達によって、精度の高い復元図が措かれている。クーペルの復元に拠れば、ネレイドモニュメントの建築形態は、ポディウムの上にペリプテラル周柱式のイオニア式神殿を冠するといったもので、そのイオニア式神殿は、東西に向けられたファサード側に4本の円柱を持ち、側面に6本の円柱を持つものである。なお、墓室はケラの内部とポディウムの内部の2箇所に設けられており、ケラ内部の墓室では4つの寝台が確認されている。4、設計法の検討 以降、長辺方向をL方向、短辺方向をW方向と呼称する。4-1、設計手順の算出 各部寸法相互の比例関係を計算した結果、単純で正確な比例関係を複数の箇所で見出すことが出来た。その結果、ネレイドモニュメントでは、基本構想として全体の規模や部屋、通路の割付を想定した後、細かい部分を調整しながら各部寸法を設計し直すといった設計方法が採られていた可能性が高いことがわかった(以下、基本構想後の設計を「本設計」と呼ぶ)。また、本設計では、最初に「ナオス内法寸法」が決定された後、比例を用いてW方向アンタ幅、W方向壁厚、W方向ナオス外法、W方向プテロン幅、W方向全長の順番に寸法が決定される。L方向も、以上で算出されたW方向全長からL方向全長が決定した後、W方向と同様にナオス内法から外側に向かって連鎖的に各部寸法を決定される。また、柱間心々間距離は、L方向から、やはり連鎖的に円柱下部直径、柱礎幅、外法エンドスペースの順で求められる。従って、ネレイドモニュメントの平面設計は、ウィトルーウィウスが建築十書に記している「連鎖方式」によるものだといえる。なお、ネレイドモニュメントの本設計では、基本構想時に想定したL方向全長とW方向全長の3対2の比例関係を崩さないよう、プロナオスの奥行き部分で寸法が調整されている。プロナオスの奥行きは、建物を外から見ている限り、特にデザインに対する影響が少ない箇所だといえる。よって、このような設計方法からは、墓としての機能性と建築としてのデザイン性を両立させようとした設計者の姿勢が伺えると共に、中小規模でナオスに墓室を構える神殿形式の墓の設計における、神殿の設計とは異なる難しさを見て取ることができる。4-2、設計寸法の算出 前項で導き出した比例関係と古代尺を使って設計寸法を算出し、実測寸法との誤差を検討することで提案した設計手頃の正当性を検証した結果、設計寸法と実測寸法との誤差は非常に小く、本稿で提示した設計手順の正当性を示すことができた。加えて、ネレイドモニュメントでは、1尺が0.310mの古代尺を使用し、ナオス内法を9尺×11尺とすることから設計が始められた可能性が高いことがわかった。また、ネレイドモニュメントの設計寸法には完尺が多く、施工性を考慮した設計が行われたといえることも把握された。5.結論 1)本稿では、比例を用いた設計が行われたと仮定して分析を進め たが、一連の設計過程を見出すことができた。ネレイドモニュメントでも、古代ギリシアの神殿やストア等と同様に比例を用いた設計がなされていたと考えることができる。2)ネレイドモニュメントでは、基本構想で大凡の規模や部屋の割付を決定した後、本設計が行われた可能性が高い。3)本設計は、1尺が0.310mの古代尺を用いて、ナオス内法を9×11尺と決定することから開始された可能性が高い。4)ネレイドモニュメントの平面の設計は、連鎖方式で行われていた可能性が高い。5)ネレイドモニュメントの設計寸法には完尺が多く、施工性を考慮した設計が行われていたといえる。一方で、建物全体の幅と奥行きにおける2対3の比例関係を崩さないよう、建物の外観に影響しにくいプロナオス奥行きで寸法の調整を行っており、施工性のみならず、建物外観のプロポーションにも配慮された設計であったといえる。
- 2008-05-30
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