市場経済の中の伝統染織物生産 : ベトナム黒タイ村落の事例(<特集>「布と人類学」)
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概要
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本稿は,近年の急速な市場経済化政策下における,ベトナム西北地方の黒タイの村落社会に関する研究である。筆者は,黒タイ女性が村落生活の中で日常的に着用しているピョウ(pieu khan pieu)といわれる頭巾の生産を分析の対象とする。ピョウは女性の日常的な装飾物として用いられる一方で,贈与交換の財であったり,時にシンボリックな意味合いを込めて用いられる点から,しばしば民族誌の関心を集めてきた。しかし,従来の研究では,ピョウの形態,意匠の面に関心が集中する傾向があり,生産に関する分業,他の生業活動とピョウ生産の兼ね合いなどその社会経済的な側面まで視野に入れた研究は少ない。また,ピョウは黒タイの物質文化として本質主義的,静態的に語られる傾向が強く,ピョウの形態,素材,生産などに関する歴史的な変化についてはほとんど考察されていない。そこで本稿では,ドイモイ政策といわれるベトナム市場経済化政策との関連で,黒タイ村落におけるピョウ生産の現状を分析し,そこから黒タイ村落の社公経済状況について考察する。この分析を通して本稿では,黒タイ村落の社会経済に対する市場の影響ということを具体的に取り扱う。本論では,まずピョウの伝統的な生産工程を,紡ぎ,織り,染め,装飾という順に沿って再構成し,次に近年展開している市場経済化政策や自然環境の変化との関連で,ピョウ生産の素材,形態,工程の現状について明らかにする。これらの分析を通じて,ピョウ生産が市場経済によって支えられ,あるいは市場経済を補強するものとなっている現実を示すのである。
- 2000-12-30