インドにおけるジェンダー表象概論
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概要
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このペーパーではインドにおける現代に至るまでのジェンダー表象およびグローバル化の中での変化のありかたの包括的分析を行う。インドの社会実情は多文化混在性と密接に結びついており,それは地域により父権主義的なものからから女系制まで存在するジェンダー関係の現状にも反映されている。ここでは,ジェンダー観の発達および内在化に強い影響を与えた5個の要素に焦点を当てて議論したい。具体的には,インド神話体系・宗教・歴史・文学およびマスメディアを取り上げる。多面的なインド文化では,多くの対立的要素,例えば伝統とモダニティ,都市文化と地方文化、精神主義と現実主義、識字文化および非識字文化といった事柄が共存するパラドクスが見られる。他言語・他宗教・他民族・階層社会というインド社会の多様性にも関わらず,そこにある統一的アイデンティティが確実に存在しているのは,やはり文化活動の影響に負うところが大きいだろう。神話体系はインド文化にとって最も豊饒な基盤のひとつであり,現在に至るまでインド社会の精神性の根源はヒンドゥー教聖典であるプラーナの編まれた時代にある。ジェンダーによるステレオタイプや役割の発展過程の研究において,叙事詩や民話,伝説が参照される要因はここにある。インド社会内の父権的構造によって採用されてきた宗教原理や伝統についての議論は,ジェンダーによる差異化がいかに着実に男性の社会における優位性を確立し女性の生を周縁化してきたか,また寡婦殉死や持参金制度,女児殺し,寡婦や未婚婦人の蔑視,強姦をはじめとする女性に対する暴力全般などの社会悪の根源がここにあることを明らかにする。外国勢力の侵入の歴史を辿ると,紀元前325 年のギリシャによるパンジャブ地方浸入および紀元747 年のアラブ浸入,15 世紀に始まるムガール帝国による支配,イギリスによる植民地支配などによる数次にわたる男性優位性思想導入の影響を見て取ることができる。文学はそれを生んだ社会を映す鏡の役割を果たす。一般大衆向け作品に見られるジェンダー表象は男女に対するステレオタイプ化されたイメージとアイデンティティの変化を見せてくれる。過去において,そしておそらく現在においても,女性に対するイメージには両義的なものがあり,神格化されたイメージと侮蔑的で貶められたイメージが並立して見られる。男性キャラクターの描かれ方と照らし合わせるとき,現代社会における女性の地位および役割の変化の中,アイデンティティクライシスが進行しつつあることが見て取れるだろう。映画やテレビドラマ,広告や印刷メディアが男女の生活におよぼす影響は非常に大きい。映画は現在の社会の傾向を指し示す理想的なメディアである。年間製作本数の膨大さにおいてインド映画界は世界最大規模を誇る。メディアテクストの多義的な意味性に女性性の現実ではなく男性の幻想の反映を見て取るのは難しくない。娯楽映画では,男女を伝統的アイデンティティのもとに表現するため,さまざまな方策をとっている。採算性が最優先されるため,男性観客向けアピールとして***と暴力に力点が置かれている。インド社会全域に浸透しているテレビも映画に影響を与えている。連続ドラマの多くは女性を中心に据えているが,否定的な側面が強調されている。そこでは女性は悪意に満ちているか,あるいは弱い人間として描かれる。広告で男性の下着からトイレ・浴室用製品にいたるまで,グラマラスな人形として女性イメージが多用されている。締めくくりとして,インド社会の精神性と文化構造の継続性および安定性が,黙々たるインド女性によって保たれてきたことを示したい。この文脈において,女性の人生は徳性の担い手として娘・妻・母としての義務と役割を果たすことにあると考えられてきた。全人格的存在としての個人が役割の枠組みから離れることは許されず,女性の多くが,既成の枠組みを超えるのではなく,その枠組みを尊厳あるものとして扱い,結果としてそれを保持してきた。しかし現在,成長と生活の場には新しい状況がある。現在女性が立っている空間はいまだかつて存在たことのない場所だ。そこには新しい指針が打ち立てられなければならない。女性が旧来の世界を脱却し,新しい世界に足を踏み入れ,新しい意味性を獲得し作り出すためには,まず自らの内面に潜む因習を乗り越える必要がある。現在の世界的および地域的状況は,女性と男性が対話に基づき,平等で幸福な人間社会を協力して築くことを行動に移す環境を整えつつある。
著者
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ラジャラクシュミ パルタサラティ
Lady Doak College, Department of English
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ラジャラクシュミ パルタサラティ
Lady Doak College Department Of English