『銀河鉄道の夜』で日本語比喩文を見る
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概要
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日本語と中国語の比喩の比較を進めていくうちに,あることに気がついた。同じ物事について喩えようとするとき,話者が日本人であるか中国人であるかによって,喩体として用いられる物事は異なってくることである。例えば,プールや海水浴場に人が大勢いて,混雑していると,日本人は「芋を洗う」といって例えるのであろうし,中国人なら,「象煮餃子一祥」(「水餃子を煮る鍋みたい」)という比喩を使うと思われる。もちろん,比喩の中で喩体として用いられる物事は,それぞれの国の人々にとって,日常生活の中で,もっとも身近なもので,比喩の話し手にしても,受け手にしても,すぐそのイメージが脳裏に浮かんでくるものであると思われる。このたび,日中両国語の話者がそれぞれどういった物事を喩体にする傾向があるかという課題を踏まえて,日本の文学作品に出てくる比喩法ではどういうものが喩体に使われているかをテーマにして調べてみた。調査の対象は,宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』である。方法は全文から比喩文を取り出し,ある特定の物事や人物(本体)を喩えるとき,どんなものが喩体として用いられるかを調べる。ただし,体言同士の喩えだけに注目するというルールを決めたので,本体か喩体が用言になっている文は省くことにした。