古典力学的手法による原子・分子の探求(修士論文(1993年度))
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概要
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この研究で扱うような原子・分子の古典モデルの歴史は1920年代にまで遡る。その発端は、Bohrの水素原子のモデルでは成立した量子古典対応がヘリウムでは成立しないことだった。量子論の前夜の事件であるが、それは今なお未解決の部分を多く含む問題なのである。量子と古典の間の深い溝は、その両者が異質なものであるということである。しかし、同じ自然に対する複数の記述方法である以上、それらの適用範囲が広がるにつれ交錯する分野が現われるのは必然である。その領域においては、何らかの橋渡しが出来ていなければならない。だがそれはそれぞれに関する深い知識がなければ構築できない類のものである。量子カオスという研究分野はおもにその橋渡しを追求するが、この研究はむしろ古典系側の基盤を探るものである。古典系に話を限っても、ヘリウム原子ですら三体問題であり、カオス的な性質を持つハミルトン系(保存力学系)である。運動を決定する積分が足りないために、系の運動を統一的に記述することは未だなされていない。ハミルトン系の相空間の構造は非常に複雑であるので、高い解像度で観察する必要がある。つまり、これらの系における困難とは、広大な初期条件空間をくまなく探索しなければならないということなのである。そうしてはじめて量子系との対応を議論できるようになる。そのような作業の結果としてこの研究で見出されたことは、1)カオス的な軌道は全て原子から無限遠へ飛び出す(イオン化を起こす)、2)相空間には非自明なトーラスが埋め込まれている、3)カオスとトーラスの織りなす非常に複雑な構造が見出されたことである。また、それらを応用して原子や分子の古典力学的な表現を探求している。原子や分子のモデルを、クーロン力によって相互作用する独立した粒子のシステムとして扱う場合、ほとんど単純化をせずに相空間を広汎に調べた研究というものはあまり例がない。そして、その結果として幾つか重要と思われる知見が得られている。単純化したモデルにおいて量子古典対応を研究した例は非常に多いが、それでだけでは量子古典対応などの問題の未解決な点をあらわにすることは出来ないのではないかと考えられる。なお、この論文内での約束事は次の通りである。1)軌道の初期条件で、とくに記していない変数はその配置で決まっているか、そうでなければ0である。2)先に刊行されている論文[1]との用語の統一を図るため、トーラスの名称などはとくに英語で記した。3)物性研究版では、本文と図の一部が省略されている。
- 物性研究刊行会の論文
- 1994-07-20
著者
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