核磁気共鳴法による分子内水素結合とプロトン移動反応速度の研究(修士論文(2000年度))
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概要
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プロトン移動反応(-0-H‥‥0-⇋-0‥‥H-0-)は、化学反応の中でも最も基本的かつ重要な反応の一つであるため、これまで多くの研究者たちによって注目されてきた。一方、水素結合が関与し、反応のポテンシャルが対称に近い系では、プロトン移動のタイムスケールは、10^<-11>-10^<-12>秒に達し、特に溶液中においては、適当な実験手段の欠如から、その速度に関する実験的なアプローチはほとんど行われていないのが現状である。本研究では、NMRにより溶液中でのプロトン移動速度を決定することを試みた。NMRにより測定されるスピン-格子緩和時間(T_1)からは備的相互作用による揺らぎの相関時間(τ)を求めることができる。磁気的相互作用の揺らぎは、主に分子の回転運動によってもたらされるが、この回転運動の速度と同程度の高速の化学交換、本研究においては、プロトン移動反応などが関与する場合には、この過程も核スピンの磁気緩和を引き起こす要因となりうる。酸素^<17>Oを同位体濃縮したサンプルの、-^<17>O-^1H‥‥O-のプロトンのT_1に対しては、この揺らぎの相関時間は、回転相関時間(τ_r)とプロトン移動の相関時間(τ_<pt>)により次のように表される。τ^<-1>=τ_r^<-1>+τ_<pt>^<-1> このとき、τ_rに対して、τ_<pt>が十分に小さいならば、すなわちプロトン移動が分子の回転運動より十分に速ければ、プロトン移動速度定数k_<pt>(=τ_<pt>^<-1>)を決定することができる。本研究では、分子内で水素結合を形成すると考えられるジカルボン酸水素イオン(フタル酸水素イオン(1)、1,1-シクロブタンジカルボン酸水素イオン(2))およびエノール型ジケトン(1-ベンゾイル-6-ヒドロキシ-6-フェニルフルベン(3)、9-ヒドロキシフェナレノン(4))について、化学シフトにおけるHの同位体効果およびD核の四極子結合定数(e^2qQ/&plank;)を調べ、ヒドロキシル基の水素結合の状態を推測した。その後、1および3について、^<17>O濃縮サンプルを調製し、そのヒドロキシル基のT_1測定からプロトン移動速度の算出を試みた。Scheme1ような分子内プロトン移動を考えると、酸素^<17>O(I=5/2)を同位体濃縮したサンプルでは、-^<17>O-^1H・・・O-のプロトンは、^<17>Oとの磁気双極子-双極子相互作用の揺らぎによる緩和を生ずる。一方、^<16>O(I=0)との間には磁気双極子-双極子相互作用はないため、これによる緩和はない。これらのプロトンのT_1を測定することにより、次の式を用いてプロトン移動速度を見積もることにした。1/T_1(^H-^<17>O) - 1/T_1(^1H-^<16>O) = 35/3&plank;^2γ^2_Oγ^2_Hr^<-6>_<OH>τ 1/T_1(^1H-^<17>O)は、-^<17>O-^1H・・・・^<17>O-のOHプロトンのT_1^<-1>である。これは種々の濃度で^<17>Oを濃縮したサンプルを調整してOHプロトンの緩和速度(T_1^<-1>)を測定し、^<17>O濃縮度100%に外挿して求めた。化合物1は、プロトンがO-O間に非局在化し、強く水素結合を形成していると考えられている系であり、化学シフトにおけるH/D同位体効果やD核の四極子結合定数(e^2qQ/&plank;)の結果もこのことを支持している。このように、明確な2つのポテンシャルミニマム間のプロトンジャンプが起こらないような系では、^<17>O核との双極子-双極子相互作用によるOHプロトンのT_1に対しては主に、分子の回転運動のみが寄与すると考えられ、測定される^<17>O濃縮系でのプロトンのT_1もこのことを支持している。一方、化合物3については、H/Dのシフト差の結果から、ある程度速いプロトン移動が予想されたものの、粘度の低い四塩化炭素(25℃における粘度は0.90cP)溶液中では、T_1測定の結果からτとτ_rは同程度となった。このことは、分子の回転運動がプロトン移動に比べて、かなり速いことを意味する。(τ_r≤τ_<pt>、すなわち、τ^<-1>≈τ_r^<-1>)したがって、プロトン移動速度は、測定されたT_1の値に反映されないと考えることができる。そこで、粘度の高いトリアセチン(25℃における粘度は16cP)を溶媒として用いたところ、τ<τ_rとなり、T_1へのプロトン移動の寄与が認められ、プロトン移動速度を見積もると、τ_<pt>〜1.46×10^<-11>_s(25℃)であった。これは、高粘性の溶媒中で化合物3の分子の回転運動が遅くなったためである。一方、化合物3において、そのプロトン移動速度はトリアセチン溶液中に比べ、四塩化炭素溶液中でやや遅いという結果となった。
- 2001-08-20
著者
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