統制された比較 : 入口より先に進むのか?(<特集>人類学の方法としての比較の再検討)
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概要
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本論の目的は、文化が実在し、一つのまとまり、総体を成すといった人類学の古典的パラダイムの崩壊とともに、もはや過去のものとみなされがちな20世紀中頃のアメリカ文化人類学の代表的な比較研究を取り上げ、その方法論上の特性を検討する事によって、「比較」が現代の人類学において持つ意味を考察する事にある。文化を様々な要素に分解し、それぞれの要素ごとに比較を行って、要素間の機能的連関を分析しようとする場合、変数となる要素の数が極めて多い事が比較作業を困難なものとする。この点を乗り越えるために、アメリカの文化人類学者達は様々な方法を取った。変数を限定せずに、独立変数のみを限定する方向に進めば還元論に陥る(ホワイト)。これを避けるためには、変数を限定して比較作業を行う事が必要となる。そのため、通文化的比較において要素を特定の領域に限定するという方法(マードック)、地域的に限定され、文化的な類似性を前提にした「統制された比較]という方法(ミード、エガン)が採用される事となった。しかし、比較の単位をどのように設定すべきなのかという点、ある要素/項目が通文化的に比較可能なものとして固定出来るのかどうかという点を巡ってこれまで積み重ねられて来た議論を詳細に検討すると、人類学者は比較作業の入口の所で立ち止まらざるを得ない事が明らかになる。従来の比較研究は、入口の所で立ち止まり、この二点を慎重に検討する事なく、安易に比較作業を進めてしまって来たのである。比較研究によって人類の「個別/普遍」が明らかになるわけではない。フィールドワークを行う人類学者の頭の中に、既に「普遍・一般」が隠されてしまっているからである。今後、入口での慎重なる比較によって、このような思い込みを暴き出す事がすべての人類学者に要請される。
- 日本文化人類学会の論文
- 2003-09-30
著者
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