出産の近代化政策における「伝統的」産婆 : インドのTBAトレーニングをめぐる価値と実践
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概要
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インドでは植民地期以降、地域の産婆に対する近代医療に基づいた助産術のトレーニングが開始され、今日の保健政策のなかでも家族計画と結びついて母子保健の主要な政策のひとつとなっている。本稿は、マハーラシュトラ州プネー県で実施されているTBA (Traditional Birth Attendant)トレーニングを取り上げてその展開のなかで構築・伝達される価値観と、その過程に組み込まれていく産婆との関わりを考察することで、国家政策が個別的な文脈において生起させる複合的な社会状況を明らかにするものである。トレーニングは時代に応じてその目的は変化しているが、「清潔」で「安全」な出産を理想とし、地域の産婆を保健機構のシステムへ取り込もうとする力が働いていることは一貫している。さらに、トレーニングは助産術の改善だけでなく、産婆を取り巻く社会関係をも変容させている。トレーニングは中央集権的な性質を反映して、ヒンディー語で産婆を表わす「ダーイー」という名をつけて全国的に実施されているが、調査地域では村の産婆のことをマラーティー語でスインと呼んでいるため、ダーイー・トレーニングがダーイー(=トレーニングされた、病院の産婆)という新しい社会カテゴリーを創出する契機ともなっているのである。実際には、助産は世襲を原則とするスインだけでなく、親族の出産に立ち会う女性たちによっても担われているが、トレーニングへ参加することで、出産に立ち会っている血縁者を含めた広いカテゴリーの助産者が、開発の対象としての「伝統的」産婆へと分節化されている。それと同時に、参加者自身にとってはトレーニングが自信や社会的威信を与えることによって、他者との差異化をはかり、「近代産婆」としての自己意識を抱いていく過程でもあるという、内在的なズレが見られるのである。
- 2003-06-30