共産党の政策下における葬送儀礼の変容と持続 : 広東省珠江デルタの事例から
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概要
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本稿は、中国共産党政策下において、村落社会の葬送儀礼がいかに変容/あるいは持続してきたのかを、広東省珠江デルタの事例から考察しようとするものである。葬送儀礼に対する共産党政府の改革は主として、葬儀に費やされる出費と、共産主義的なイデオロギーに抵触する「迷信」的な要素を排除することを意図したものであった。しかし、現地調査で得た事例から明らかになったのは、葬送儀礼を全体としてみた場合、帝政後期(およそ1750年から1920年)に確立していたと言われるかたちが、今日においてもほぼそのまま踏襲されているということである。すなわち、現在の葬送儀礼では、死者を居住区域の外へ運び出し、火葬した骨を風水墓地に埋葬する。同時に、魂を冥界へ送って、位牌と墓を設け、崇拝対象としての祖先へと移行させる。そして、これらの行為を規定しているのは、死に対する忌避の念と、死者の魂への適切な処置の方法である。また、この過程において、先行研究で示されてきた「伝統的」な葬送儀礼を構成する諸要素のほぼすべてを見出すことができた。一方、個人レベルに視点を移すと、特にエリート層に属する人々は、たとえば父の位牌の作成を放棄したり、儀礼の伝統的な手続きに否定的な態度を示すという状況が見られた。この相反するかに見える現状の背景には、20世紀初頭から知識人たちによって展開されたモダニズム-中国は伝統の拘泥から脱し、近代化の道を進まねばならない-と、それを引き継いだ共産党政府の宗教・信仰に対する政策がある。中華人民共和国の建国後、特に文化大革命期をピークとして、共産党は「封建」「迷信」というラベリングを施しながら、既存の文化・慣習・信仰等の批判と排撃を進め、そこに負の価値を定着させていった。結果として幹部や高等教育を受けた新たなエリートに関する限り、その宗教や信仰への態度規範を、圧倒的大多数の村落社会の人々が志向してきたもの-すなわち伝統-から切り離すことには成功しつつある。しかし、それ以外の村落社会の一般住民にとって、共産党の政策は、人々の宗教・信仰を対象化せず、死を克服するための観念的あるいは物質的なオルタナティブを提供するものではなかったということができる。
- 2004-09-30
著者
関連論文
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