吉蔵と曇鸞 : その思想の相違性
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概要
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吉蔵と曇鸞は、共に鳩摩羅什の翻訳にかかる三論もしくは四論と称される龍樹系の空観思想を自身の仏教解釈・実践のより所としているが、特に僧肇など、鳩摩羅什の門下に始まる中国的な空観解釈から多くを学び取っている。しかし、両師の学系は人脈的にも地理的にも全く異なり、学問的に同じ根源を持つものの、その到達点には微妙な差異が生じている。北地の曇鸞は真如実相を観察対象として実践的に把捉するが、南地出身でおよそ七十年後輩の吉蔵においては、徹底した無所得の立場から論理的に解明されるのであり、固定的な見方は段階的に退けられていく。いかに無所得であるのかということが、吉蔵にとっての至上命題なのである。本論においては、吉蔵が唯一曇鸞を引く『二諦義』を手掛かりとして、ここから曇鸞の『往生論註』における二諦観を鑑み、更に吉蔵における浄土教系の著述である『観無量寿経義疏』とも比較しながら、両師の思想の相違性について考察してみる。
- 2006-12-30