身体図式と空間的定位の成立機構(1) : 空間知覚の起源
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概要
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本稿では,まず,空間知覚および空間的定位の起源について,触覚の優位性をみとめる立場(Berkeley)と,これに反対して視覚の優位性をみとめる立場(Rock, Harrisら)とを紹介した.特に後者については,その根拠となった実験心理学的知見をまとめた.次に,これらの感覚優位性による考え方はいずれも,ある感覚モダリティの空間性をアプリオリにみとめ,他の感覚モダリティによる空間知覚をもとの「空間的」モダリティとの経験連合によって説明するという意味で,実は同型であることを示し,それらの考え方を,空間的定位の起源についての「空間的」説明と名付けた.そして,この考え方が本質的な意味での説明になっていないばかりではなく,そもそも,知覚現象における空間の直接性に関して,各感覚モダリティが対等であるという事実にも反していることを指摘した.さらに,この「空間的」説明に対する「非空間的」説明の手掛かりとして,逆転視野への順応過程についてのStrattonの考え方を紹介した.最後に,逆転,反転視野への順応過程で生じる諸現象が,幾何光学的に再現できない性質のものであることを示したKohlerの報告などから,空間的表象を用いて,空間的定位の成立を説明しようとする企て自体に内在する矛盾を指摘した.こうした考察を土台として,次稿ではまず,実験心理学,神経病理学などの諸知見から,空間的定位の前提としての自己身体の役割を強調し,「自己」と「空間」の成立機構を素描する.その際に,あらゆる感覚モダリティに共通する知覚の志向性を,もうひとつの前提として承認する.その上で,何をアプリオリなものとしてみとめるか,また,いかにして空間ならざるものから空間が成立しうるかを,明言するつもりである.さらに,近年のAIモデルなども援用しつつ,逆転,反転視野への順応過程を整合的にスケッチしなおすことなども試みたい.以上の構想からも明らかな通り,実験的研究の包括的レビューや特定の理論の構築は,本稿,および次稿以下のめざすところではない.むしろこれは,一種の解釈学の試みであり,それを通じて,自己,身体,および行動を極力排除する素朴(疑似)客観主義的な知覚研究の限界を,できる限り明確にしたいのである.
- 1987-03-31