トルコにおける民俗舞踊活動とナショナリズム
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概要
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国民文化は、自国の文化を内外に表象し、その国自体のイメージ形成に大きく影響を与える。その表象の媒体は音楽、舞踊、演劇、文学、スポーツなど多岐にわたる。民俗舞踊の要素をモティーフとするトルコの国民舞踊の場合には、自らの身体を用い大勢の人々とともに手をとりあって踊る体験を通じて、さらにその集団意識が高められやすい。そのため、トルコにおいて国民舞踊は、多民族を内包する国土の中で均一なナショナル・アイデンティティを醸成するための有効な装置となった。その歴史的形成については、民俗舞踊研究者シェリフ・バイクルトや歴史学者アルズ・オズテュルクメンらによって研究されてきている。1932年以来約20年間、国民の啓蒙施設として重要な役割を果たした「人民の家Halk Evi」は、各地の舞踊を収集、整理し、国民舞踊として全国に普及させることに貢献した。「人民の家」で徐々に築かれた国民舞踊の分類および公演スタイルは、現代の教育省管轄の民衆教育センターや、首相府管轄の青年センター、そして民間の国民舞踊協会でも踏襲されている。本論の前半では、先行研究を拠り所としつつ国民舞踊の形成と現状について概観し、その中でいかに「トルコ共和国国民」というナショナル・アイデンティティを作り出すための制度が機能しているかについて論じる。本論でいう「国民舞踊」は民族音楽学や民族舞踊学における用語「フォークロリズム」のカテゴリーに属する。伝統的慣習とされるスタイルを指す「フォークロア」に対して、他者のまなざしに触発されて本来の脈絡を離れた形で演じられる民俗的音楽や舞踊を指す「フォークロリズム」は、社会的コンテクストの相違による音楽や舞踊の表象の問題をとりあげる上で、相補的に用いられるようになった。しかしながらナショナリズムという問題を視野に入れた場合、トルコにおける民俗舞踊活動は、この二項対立概念では説明しきれなくなる。なぜならば、フォークロリズムに属する民俗舞踊には、国民舞踊として認められている舞踊と、そうではない舞踊とが混在してしまうからである。伝統は創造されるという視点に立てば、フォークロアとフォークロリズムという対立項の立て方自体、矛盾を含んだ危ういものといえよう。本論では、こうした矛盾があることを認識したうえで、両者を主に「舞台化されたもの」と「舞台化されていないもの」という基準に沿って、区別することにする。後半では、この「舞台化された」フォークロリズムのカテゴリーに属する「国民舞踊」と「舞台化舞踊」の相違について、コーカサス系のトルコ共和国国民の民俗舞踊活動を事例として挙げつつ、論じる。それによって、国家をも含めての共同体の舞踊は、主導陣が理想として描く共同体の舞踊と、構成員の様々な舞踊活動とのはざまにおいて常に新しく形成され続けていることを明らかにする。本論では便宜的に民俗舞踊を「国民舞踊」「舞台化舞踊」「民衆舞踊」の3つのレヴェルに分類した。このうち、「国民舞踊」「舞台化舞踊」の二つがフォークロリズムのカテゴリーに属し、「民衆舞踊」はフォークロアのカテゴリーに属する。
- 日本中東学会の論文
- 2003-02-28