正方形を取り巻く黄金矩形とルート矩形 : ミース・ファン・デル・ローエの初期住宅平面にみられる幾何学的関係
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概要
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ミースは1910年頃、ベルラーへを大いに賞賛したが、ベルラーへの主張する「造形原理としての幾何学」については一切言及せず、専らそれは正直な構造表現への賛辞であった。しかしながら筆者の研究において1924年の革新的な煉瓦造田園住宅案の平面図にみられる黄金比や黄金矩形から最晩年のベルリン新国立ギャラリーのファサードにみられるルート矩形まで、ミースの作品には特別な幾何学的関係が見出され、設計手法としての使用の可能性が導出されている。さて近年、ミースが1924年の煉瓦造田園住宅案までに設計した伝統的スタイルの住宅の歴史的経緯や敷地などが詳細に研究されたが、彼の設計手法にかかわる形態的問題の解明はいまだなされていない。そこで本研究では彼の初期住宅平面を幾何学的観点より分析し問題の解明を試みた。ミース第一作、リール邸(1906-7年,Fig.1)の中心的空間であるリビング平面(Fig.1:2)の縦横比は1.5:1であるが(以下図面の上下左右で示す)、その上辺から下方に正方形(Fig.2:ABCD)を描くと、それはちょうど平面中央に位置することになる(Fig.2)。この正方形の右辺から左に√2矩形(Fig.3:ABEF)を描くと、その左辺は左外壁の内面に一致する。同様に正方形の左辺より√2矩形(DCH6)を描くと、その右辺は右外壁の内面に一致、また√3矩形(DCJI)を描くと、その右辺は突出した階段室の外壁の外面にほぼ一致する。中段のずれて重なり合った二つの√2矩形からなる矩形(GHEF)の上下辺より√3矩形(GFKL,EHMN)を描くとそれぞれ上下の外壁内面に一致する。つまり平面全体の輪郭及び主要な壁の位置のほとんどが、平面中心に位置する正方形を取り巻く一連のルート矩形に一致している(Fig.4)。これは偶然の一致か。第二作ペールス邸(1911-12年,Fig.5)では中央のリビングに階段室を加えたエリア(abed)はほぼ正方形をなし、ロッジアを挟んで庭園の正方形の区画と対応している(Fig.6)。そこでリビング等からなるこのエリアを正方形(Fig.7:ABCD)とし、その上下辺から正方形を含んで上下に黄金矩形(CBEF,DAGH)を描くと、それらの端は平面の上下壁の内面にそれぞれ一致する。またこの黄金矩形から正方形を除いた矩形の右辺から√5矩形(FAIJ,BGKL)を描くと、左辺は左壁の内面に一致する。つまり平面は中央のリビングを含む正方形エリアを囲む黄金矩形と√5矩形に一致している(Fig.8)。矩形のプロポーションは異なるものの前例と同種の幾何学的関係がみられる。ヴェルナー邸(1912-13年,Fig.9)では建物本体とパーゴラが正方形の庭園をL字型に囲んでいる。この正方形(Fig.10: ABCD)の右辺から左に√2矩形(ABEF)を描くと、その左辺はパーゴラの左端内面に一致する。また正方形上辺から下方に√3矩形(DAGH)を描くと、その下辺は建物下端に一致する。ここでも庭園を含んだ住宅全体は、中央の正方形の庭園を取り巻く一連のルート矩形に一致している(Fig.11)。レッシング邸(1923年,Fig.12)の、正方形のテラスを建物がL字型に囲む平面は先のヴェルナー邸(Fig.9)に似ている。そこで正方形テラス(Fig.13:ABCD)の左辺より√2矩形(CDEF)を描くと、右辺はテラス右側のウイング外壁の内面に一致。また正方形上辺から下方に√3矩形(DAGH)を描くと、その下辺はテラス下の建物下端の外壁内面に一致する。さらに他の部分も√4矩形、つまりダブルスクエア(GHIJ)や√5矩形(HMKL)に一致しており、建物全体が、平面中央の正方形テラスを囲む一連のルート矩形に一致していることが分かる(Fig.14)。一部に偶然の一致や近似があるとしても、全てが偶然であるとはほとんど考え難い。一つの正方形を囲む黄金矩形やルート矩形は設計段階で意識され、使用されたと考えられる。そこでこの図式を踏まえて、煉瓦造田園住宅案平面(Fig.15)を見直してみる。長く延びる三つの壁と室内で最長の壁の作る黄金矩形(Fig.16:EFCD)の左辺から右に正方形(Fig.17:CDAB)を描くと、それはリビングゾーンを囲む矩形(efgh)のほぼ中央に位置する。この正方形右辺及び上下辺から各々黄金矩形を描くと、黄金矩形の各端辺は主要な要素の位置に一致(Fig.17)。さらに最初の黄金矩形の右辺から右に同じ黄金矩形(Fig.18:FETU)を描くと、サービスウイングの暖炉の位置に、さらにその半分を描くと右端はウイングの壁に一致する。この平面においても主要な要素のほとんどが中央の正方形を取り巻く一連の黄金矩形に一致していることが判明した。結論として、ミースは最初期住宅においても黄金矩形やルート矩形といった幾何学的関係を意識し使用していた、つまり生涯特別な幾何学的関係を使用していたと考えられる。伝統的スタイルの初期住宅と革新的煉瓦造田園住宅案の平面は全く異なるが、背後には同種の幾何学的関係が存在した。スタイルが変化してもミースは一つの正方形を取り巻く黄金矩形やルート矩形という幾何学的関係を使い続けたと言えよう。当時のミースのベルラーへへの賛辞は実は「形態原理としての幾何学」への賛意でもあったのかもしれない。
- 2005-10-30
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